副業・兼業で過労死?複数事業労働者の労災認定制度と補償の仕組みを社労士が分かりやすく解説

本業と副業、両方を掛け持ちして働いている。

でも体が限界に近づいていても、「どちらの職場も基準以下だから労災にならない」と言われてしまう。

複数事業労働者への労災保険給付制度により、副業・兼業をしている方を守る仕組みが整備されています。

2024年末、二つの職場で働いていた方の死亡について、両方の職場の負荷を合算して労災認定されたと報道されました。これは、複数事業労働者の労災保険制度が過労死事案に適用された、初めての公式事例です。

この記事では、副業・兼業をしている人が使える労災制度の仕組み、補償額が増える「賃金合算」の内容、対象者の範囲、安全配慮義務違反による損害賠償請求の可能性を順に説明します。

副業+本業の負荷を「合算」して労災認定できる

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以前の労災保険法には、副業と本業の負荷を足し合わせることができないという課題がありました。たとえば本業で月60時間の残業、副業でも月60時間の労働で合計120時間の超過労働になっていても、それぞれの職場を個別に見るため「どちらも基準に届かない」として両方とも不認定になっていたのです。

⚠️ 注意:旧制度では、二つの職場での負荷がどれだけ重なっても個別に判断されていました。副業先・本業先の両方で消耗しても「どちらも労災にならない」という事態が起きていました。

この問題を解消するために創設されたのが、複数事業労働者への労災保険給付制度です(令和2年9月施行)。複数の職場での仕事が原因で起きた災害を「複数業務要因災害」とし、一か所では基準に届かなくても合わせれば届く場合に申請できるようになりました。

【実践メモ】

「本業だけでは基準に届かない」と言われた経験がある方は、副業・兼業先での労働時間やストレスも合わせて申請できないか、お近くの労働基準監督署に相談してみてください。「複数業務要因災害での申請を検討したい」と伝えると、担当者が対応してくれます。

補償額も増える「賃金合算」の仕組み

この制度には、補償額が増えるという重要な点があります。旧制度では怪我や病気が起きた職場の賃金だけが補償の基礎でしたが、改正後はすべての就業先の賃金を合計した金額が補償の基礎になります。たとえばA社で月20万円、B社で月15万円を稼いでいる場合、合計35万円をもとに補償額が決まります(厚生労働省・都道府県労働局・労働基準監督署「複数事業労働者への労災保険給付わかりやすい解説」参照)。

賃金合算が適用される主な給付は、仕事を休まなければならなくなったときの休業補償給付・後遺障害が残ったときの障害補償給付・亡くなったときにご家族に支給される遺族補償給付・葬祭給付・長期療養が必要なときの傷病補償年金などです。

【実践メモ】

労災申請をするときは、すべての就業先の給与明細・雇用契約書を手元に用意しておきましょう。「複数事業労働者」として申請することで、全就業先の賃金が合算されて補償額が計算されます。

初の過労死認定事例から学ぶこと

2024年末に、この制度が過労死事案へ初めて適用されたことが報道されました。二つの職場を掛け持ちしていた60代の方が亡くなった事案です。ある職場では継続的に精神的な圧力をかけられており、もう一方の職場でも職場評価と待遇の面で追い詰められていたとされています。労働基準監督署は、それぞれの職場での負荷は単独では「中程度」であったものの、二つを合わせて評価すると「強い負荷」と認定し、労災認定をしました。

✅ ポイント:長時間労働だけが過労ではありません。精神的なプレッシャーが二か所の職場で積み重なっても、合わせて「強い負荷」と認定されます。「時間は少ないけれど、心が限界」という方も、この制度が使える可能性があります。

あなたは対象になる?制度の対象者

複数事業労働者の制度は誰でも使えるわけではありませんが、対象は比較的広く設定されています。複数の会社と雇用契約を結んでいる方(正社員・アルバイト・パートを問わず)は最も一般的なケースです。また一つの会社で働きながら別の活動では特別加入している方(会社員として働きながらフリーランス活動で労災保険に特別加入している場合)も含まれます。さらに個人事業主やフリーランスでも複数の活動で特別加入していれば対象になる場合があります。

📌 ポイント:「正社員でないから対象外」ではありません。特別加入制度を活用しているフリーランスや個人事業主の方も、条件を満たせば保護の対象です。まず労働基準監督署に確認することをお勧めします。

もう一つの権利:安全配慮義務違反による損害賠償

労災保険とは別に、「安全配慮義務違反」による損害賠償請求という手段があります。安全配慮義務とは、会社が働く人の安全と健康を守らなければならないという義務です(川義事件・最三小判昭和59年4月10日・民集38巻6号557頁)。これを怠った場合、民事上の賠償責任(民法415条・709条)が生じます。

副業・兼業の場合にこの義務がどこまで及ぶかは、まだ法律の世界でも議論中です。参考になる裁判例として大器キャリアキャスティング・ENEOSジェネレーションズ事件があります(一審・大阪地判令和3年10月28日・労判1257号17頁、控訴審・大阪高判令和4年10月14日・労判1283号44頁)。この事案では、二社が事業上の密接な関係にある中で両社と雇用契約を結んだ労働者が過重業務により精神疾患を発症しました。控訴審は、本業先の会社が副業の存在を把握していたにもかかわらず実際の就業状況を確認することなく長時間の連続勤務状態を解消しなかったとして、安全配慮義務違反を認めました。

⚠️ 注意:この裁判例は、二社が事業上の特殊な関係にあったなど固有の事情がある事案です。すべての副業・兼業ケースに直接当てはまるわけではありません。ただ、会社が副業の事実を知りながら実態を把握せず放置した場合に責任が認められた点は、重要な参考事例です。

【実践メモ】

会社に副業・兼業を申告している場合は、その後の会社の対応(何を言われたか、どんな指示があったか)を記録しておきましょう。「知っていたのに何もしなかった」という経緯が、後々の損害賠償請求で重要になる可能性があります。

よくある疑問

副業を会社に内緒にしていても、労災申請できますか?
労災申請自体は可能です。ただし複数事業労働者の制度を使う場合、複数の就業先の情報を労働基準監督署に提出する必要があります。申請内容が会社に知られるリスクについては、社会保険労務士や弁護士に事前に相談することをお勧めします。
副業が週1〜2日の短時間でも対象になりますか?
労働時間の長さだけで判断するわけではありません。精神的・身体的な負荷の質や強さも重要です。短時間でも強いストレスがあれば対象になる可能性があります。まず労働基準監督署に相談してみてください。
うつ病や精神疾患の場合も使えますか?
使えます。精神障害の労災認定においても、複数の職場での心理的負荷を総合評価する仕組みが適用されます。今回報道された事案も、精神的な負荷が中心の事案でした。
労災申請はどこにすればいいですか?
いずれかの就業先を管轄する労働基準監督署に申請できます。「複数事業労働者として申請したい」と最初に伝えると手続きがスムーズです。管轄の監督署は「労働基準監督署 ○○市」で検索すると見つかります。

チェックリスト

確認項目 チェック
すべての就業先の雇用契約書を保管している
各職場の労働時間・残業時間を記録している(タイムカード・アプリ等)
職場でのストレス・つらい出来事を日付つきで記録している
メール・チャットなど、やり取りの記録を保存している
体や心の不調を医療機関で診てもらった記録がある
各就業先の給与明細を直近6か月分以上保管している
近くの労働基準監督署の場所・連絡先を把握している

今日からできること

まず、労働時間の記録を今日から始めてください。スマートフォンのメモやアプリを使って、すべての就業先の出退勤時刻を記録してください。申請時の大切な証拠になります。

次に、ストレスの記録を残してください。「上司にひどいことを言われた」「過剰なプレッシャーをかけられた」という出来事は、日付・内容・状況を残しておきましょう。メールやチャットのログも保存してください。

そして、体の不調は必ず医療機関で診てもらってください。不眠・頭痛・気力の低下など、過労・ストレスによる症状は早めに医師に診てもらってください。診断書・受診記録が、後々の申請で重要な証拠になります。

まとめ

令和2年9月から「複数事業労働者への労災保険給付制度」が施行されており、本業と副業それぞれの負荷が単独では基準以下でも合算すれば労災認定される可能性があります。補償額も全就業先の賃金を合算した額が基礎になります。長時間労働だけでなく精神的なストレスの積み重ねも労災認定の対象で、2024年末にはこの制度が過労死事案に初めて適用された事例が報道されました。また安全配慮義務違反(民法415条・709条)による民事損害賠償請求の可能性もあり、会社が副業の事実を知りながら放置していた場合は責任を問える可能性があります(川義事件・最三小判昭和59年4月10日)。

正しい知識を持ち、労働時間やストレスの記録を残し、不調を感じたら早めに医療機関を受診することで、副業・兼業をしている方の健康と権利を守ることができます。不安な点は労働基準監督署や社会保険労務士・弁護士に相談してください。

※本記事は執筆時点の法令・判例に基づいて作成しています。法律は改正されることがあります。最新の情報や個別のご事情については、社会保険労務士・弁護士などの専門家にご相談ください。

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