「退職金を廃止するかわりに、毎月の給与に上乗せします。生涯年収は変わりません」
こう説明されたとき、あなたはすんなり納得できますか?
実は、この言葉には労働者に不利な「落とし穴」が隠れています。社労士の立場から、その中身を正直に解説します。
(参考ニュース:出典:Yahoo!ニュース)
「生涯年収は同じ」は本当か?税の話が抜けている
退職金には、大きな税優遇があります。
退職所得控除という制度です。
つまり、長く働くほど税金がかかりにくくなる仕組みです。
例えば、勤続30年で退職金1,500万円を受け取った場合。
退職所得控除は1,500万円(30年×70万円)となり、課税対象はゼロになります。
税金が一切かからない、ということです。
一方、毎月の給与に上乗せされると、その分は「給与所得」になります。
給与には社会保険料がかかり、所得税も増えます。
同じ金額を受け取っても、手元に残る金額は退職金より少なくなるのです。
「生涯年収は同じ」という説明は、税引き前の話。
手取りで比べると、退職金廃止は事実上の賃下げになりえます。
企業が退職金を廃止したい本当の理由
企業がこの制度変更を進める背景は、主に2つあります。
一つ目は、財務リスクの削減です。
退職給付引当金は、会社の貸借対照表に大きな「負債」として計上されます。
特に上場企業では、この負債が株価評価を下げる要因になります。
二つ目は、人材の流動化への対応です。
退職金は長期勤続を前提とした設計です。
転職が当たり前になった時代に合わせ、固定費の中身を変えたいという事情があります。
企業側の事情を理解した上で言うと——。
制度変更それ自体が「悪」ではありません。
問題は、労働者への説明が不十分なまま進められるケースが多い点にあります。
退職金廃止は「労働条件の不利益変更」になるか
法的な観点から一点、重要なことをお伝えします。
退職金は、就業規則や雇用契約に定めがあれば「労働条件」です。
その変更には、一定のルールがあります。
労働契約法第9条・第10条によると、労働条件を労働者に不利な方向に変えるには原則として個別の同意が必要です。
就業規則で変更する場合でも、「合理的な変更」でなければ効力が認められません。
「給与に上乗せするから同じ」という説明が、手取りベースで実質的に不利益なら、合理性を欠く可能性があります。
すぐに結論は出ませんが、「黙っていれば変更に同意したことになる」は誤解です。
よくある疑問 Q&A
- Q:会社から「退職金を廃止して基本給に上乗せする」と言われました。拒否できますか?
- A:退職金が就業規則や雇用契約に明記されている場合、一方的な廃止は原則として認められません。変更に応じる前に、手取りベースでの比較試算を求め、内容を書面で確認しましょう。不明点は社労士や労働局に相談することをお勧めします。
- Q:退職金の代わりに「選択制DC(確定拠出年金)」を導入すると言われました。これは有利ですか?
- A:選択制DCには税優遇がある一方、運用は自己責任となり元本割れのリスクもあります。「退職金と同じ安心感」はありません。仕組みをよく理解してから判断してください。
- Q:すでに退職金廃止に同意のサインをしてしまいました。取り消せますか?
- A:状況によります。内容を十分に説明されないまま署名した場合、同意の有効性が争える余地があります。まず労働局の総合労働相談コーナーに相談してみましょう。無料で利用できます。
すぐやること
- 手取りベースの比較試算を会社に求める——税・社会保険料を含めた数字で見ないと判断できません。
- 就業規則と雇用契約書で退職金の記載を確認する——「退職金規程」が別冊になっているケースもあります。
- 不安があれば労働局や社労士に相談する——総合労働相談コーナーは無料です。一人で抱え込まないでください。
まとめ
- 退職金廃止は「税優遇の喪失」により、額面が同じでも手取りが減る可能性がある
- 企業側には財務改善・人材流動化への対応という合理的な事情もあるが、労働者への十分な説明が伴わないケースが問題
- 就業規則に定めがある退職金の廃止・変更は「不利益変更」にあたりうる。黙って署名する前に、内容を徹底的に確認することが大切
あわせて読みたい
※本記事は執筆時点の法令・判例に基づいて作成しています。法律は改正されることがあります。最新の情報や個別のご事情については、社会保険労務士・弁護士などの専門家にご相談ください。
