職場の転倒骨折は労災になる|60代70代と2026年改正安衛法

濡れた床で足を滑らせた。気づかなかった段差につまずいた。こうした転倒は、年齢を重ねるほど起きやすくなる。本人の不注意だけの問題ではない。

職場で転んでケガをしたら、それは労働災害だ。あなたには補償を受ける権利がある。

2026年4月、改正労働安全衛生法が施行された。会社は、働く人の体の変化に配慮して職場環境を整える責任を負うようになった。社会保険労務士として言う。この記事では、あなたが持っている権利と、今日から打てる手を順に説明する。

取り上げるのは三つ。2026年の法改正で会社に何が求められるようになったか。加齢による体の変化が転倒事故とどうつながるか。そして、もし転んでケガをしたときに労災を申請する具体的な手順だ。

60代・70代の転倒事故は深刻な問題

記事関連画像

職場で起きるケガのうち、転倒は最も多い。そして年齢が上がるほど、回復に時間がかかる。骨折につながることも珍しくない。場合によっては数週間、長ければ数か月の休業になる。たかが転倒、では済まない。

なぜ高齢になると転倒しやすくなるのか

原因は体の機能の変化にある。脚の筋力が落ちれば、わずかな段差でもつまずく。暗い場所での視力が落ちれば、障害物に気づくのが遅れる。バランスを保つ力も年とともに衰え、よろけたときに踏みとどまれなくなる。ただし、これは年齢だけで決まる話ではない。個人差が大きい。同じ70歳でも、日常的に体を動かしている人と、ほとんど歩かない人とではまったく違う。

📌 ポイント:職場環境を整えれば、事故の多くは未然に防げます。筋力も、適切な運動と栄養で維持・改善できることが分かっています。

転倒でケガをしたときの影響

転倒でいちばん怖いのは骨折だ。治療とリハビリには長い時間がかかる。長期の休業は、収入にも生活にも重くのしかかる。だからこそ、ふだんの予防と、いざというときの補償の知識の両方が要る。片方だけでは足りない。

2026年4月の法改正で会社の義務が強化された

記事関連画像

2026年4月、改正労働安全衛生法が施行された。柱のひとつが、高齢労働者の特性に配慮した安全対策の強化だ。会社は、高齢の人が安全に働けるよう職場環境を見直す「努力義務」を負うことになった。

⚠️ 注意:「努力義務」とは、法律上の義務ではあるが罰則がないものです。ただし、これとは別に「安全配慮義務」(労働契約法第5条)という強制力のある義務があります。会社がこれを怠ってケガをした場合、損害賠償を請求できます。

会社があなたに対してやるべきこと

法改正を受けて、会社は職場のリスクを点検しなければならない。求められる対応はいくつもある。転倒しやすい場所を洗い出して改善すること。照明、床の状態、段差の表示などがこれにあたる。さらに、一人ひとりの体の状態に応じて業務を調整すること。補聴器の検討や手すりの設置といった補助具・設備を整えること。健康状態を定期的に把握し、必要なら個別に対応すること。職場の安全に責任を持つのは、あくまで会社だ。「気をつけて」と声をかけるだけでは義務を果たしたことにならない。

あなたが職場に要求できること

「作業場が暗くて足元が見えにくい」と感じたら、照明の改善を申し出ていい。「重い荷物の運搬がつらい」なら、業務の見直しを相談していい。遠慮はいらない。会社にあなたへの配慮を求めているのは、ほかでもない法律だからだ。

✅ やること:職場で危険だと感じた場所・状況を具体的にメモしておきましょう。「いつ・どこで・何が危ないと感じたか」を記録しておくと、会社への改善要望が伝わりやすくなります。

【実践メモ】

会社に改善を求めても動いてくれない。そんなときは、労働基準監督署に相談できる。「職場の安全対策が不十分だ」と申告すれば、行政から会社へ指導が入ることがある。相談は無料。匿名でもかまわない。

転倒してケガをしたら迷わず労災申請を

記事関連画像

仕事中や通勤中の事故でケガをしたら、それは労働災害(労災)として補償される。労災保険は国が運営する制度だ。会社の規模も雇用形態も関係ない。パートでもアルバイトでも適用される。ここを誤解している人が多い。

労災で受けられる補償の種類

労災と認定されると、複数の補償を受けられる。まず療養補償。これは治療費が全額カバーされるものだ。次に休業補償。休業の4日目以降に、給付基礎日額の約80%が支給される。後遺症が残った場合は、その程度に応じて障害補償が出る。さらに介護が必要な状態になれば、介護補償もある。自己負担で泣き寝入りする話ではない。

労災申請の流れ

手順そのものは難しくない。まず、受診する医療機関に「労災で受診したい」と伝える。次に、労災保険の請求書に必要事項を記入する。様式は労働基準監督署やインターネットで手に入る。問題はここからだ。会社が署名・押印を渋ることがある。それでも申請はできる。その旨を労働基準監督署に伝えれば、手続きは進められる。会社が「労災は使わないでほしい」と言っても、申請する権利はあなたにある。

⚠️ 注意:会社が「健康保険で処理して」と言っても応じてはいけません。仕事中のケガを健康保険で処理することは違法です。

【実践メモ】

ケガをした直後に「事故発生の記録」を残してほしい。日時、場所、状況、目撃者の名前を書き留める。後から「本当に職場でケガをしたのか」と疑われることがあるからだ。記録があれば手続きはスムーズに進む。撮れるなら写真も残しておく。

日常的にできる転倒予防のポイント

職場環境の改善は会社の責任だ。とはいえ、自分でできることもある。両輪で考えたい。

歩く力を落とさない

日常的な歩行や軽い運動は、転倒予防に効く。脚の筋力が保たれていれば、つまずいたときに踏み直せる。かかりつけの医師や健康診断の機会に、運動や栄養について相談してみるのもいい。

✅ やること:無理のない範囲で脚を使う機会を増やしましょう。近所を15〜20分歩く習慣をつけることも有効です。

足元の安全を習慣にする

滑りにくい靴を選ぶ。靴ひもがほどけていないか確かめる。荷物を抱えて視界をふさがない。どれも当たり前のことだ。だが、続けられるかどうかで差が出る。「いつもと違う床の状態」、つまり濡れていたり物が落ちていたりするのに気づいたら、すぐ周囲に知らせてほしい。

体の変化を職場に伝える

「最近、暗いところで見えにくい」「聞こえづらいことがある」。そう感じたら、職場に伝えよう。伝えれば、照明の改善や作業内容の調整につながる。自分の体の状態を正直に言うことは、自分を守る行動だ。我慢は美徳ではない。

よくある疑問

パートタイムで働いています。転倒してケガをした場合も労災の対象になりますか?
なります。労災保険は正社員・パート・アルバイトを問わず、雇用されているすべての労働者が対象です。勤務日数や1日の労働時間は関係ありません。
会社が「自己責任だ」と言って労災申請に協力してくれません。どうすればいいですか?
労働基準監督署に直接相談してください。会社が協力しなくても、あなた自身で申請できます。「会社が協力しない」という事実そのものも、監督署に伝えてかまいません。
年齢を理由に業務内容を一方的に変えられました。これは問題ないのですか?
体の状態に配慮した業務調整は、2026年改正法で会社に求められていることです。ただし、理由もなく賃金を下げたり、退職を促したりする対応は別問題です。具体的な状況を社労士または労働相談窓口に相談してください。
ケガで休んでいる間に「辞めてほしい」と会社から言われました。解雇は有効ですか?
労働災害によるケガで療養している間は、解雇が法律で禁止されています(労働基準法第19条)。療養中の解雇は原則として無効です。解雇を告げられたら、すぐに社労士や弁護士に相談してください。

チェックリスト:自分の職場は安全か確認しよう

確認項目 チェック
床が滑りやすい・濡れやすい場所に対策が取られているか
作業場の照明が十分で、足元が見やすいか
段差・障害物に目立つ表示や色がついているか
重い荷物の持ち運びについて無理のない方法が決まっているか
体の不調を上司・会社に相談できる雰囲気があるか
万が一の際の労災申請の手順を知っているか

今日からできること

まず、職場の危険箇所をメモする。「ここが滑りやすい」「暗くて見えにくい」と感じた場所を、日時と状況とあわせて書いておく。それがそのまま、会社への改善要望の根拠になる。

次に、労災申請の手順を調べておく。近くの労働基準監督署の連絡先と、労災申請書の様式を事前に確認しておけば、いざというとき慌てない。様式は厚生労働省のウェブサイトで手に入る。

そして、見えにくい・聞こえにくいと感じたら、我慢せず職場に伝える。伝えた日時・内容・相手の反応も、メモに残しておく。


次のステップ

パワハラの相談先・相談の進め方はこちらの記事で詳しく解説しています

パワハラ相談先はどこがベスト?社労士が教える正しい相談順序 »

まとめ

転倒は職場のケガで最も多く、年齢が上がるほどリスクも回復期間も増す。2026年4月施行の改正労働安全衛生法により、会社は高齢労働者の特性に配慮した安全対策を取る義務を負った。職場でのケガは雇用形態を問わず労災補償の対象になり、会社が申請に協力しなくても労働基準監督署に直接申請できる。そして療養中の解雇は労働基準法第19条で禁止され、原則として無効だ。

正しい知識を持ち、危険箇所を記録し、体の変化を申告する。これだけで、安全に働き続けるための環境はぐっと整う。迷ったら、社労士や労働基準監督署に相談してほしい。

※本記事は執筆時点の法令・判例に基づいて作成しています。法律は改正されることがあります。最新の情報や個別のご事情については、社会保険労務士・弁護士などの専門家にご相談ください。

タイトルとURLをコピーしました