「育休から戻ったら、昇給が止まっていた。」
そんな相談を受けることがあります。
あなたも同じ状況にいるなら、まず聞いてください。
育休を理由に昇給を止めることは、法律違反の可能性があります。
現役の社会保険労務士として、この問題を取り上げます。
裁判所が「違法」と認定した判例があります。
あなたが取れる行動を、具体的にお伝えします。
この記事でわかること:
- 育休を理由にした昇給停止が違法になるケース
- 裁判所がどう判断したか(近畿大学事件)
- 昇給差額を請求するための具体的な手順
育休後に昇給ゼロ──その扱いはおかしくないですか?
育児休業から復帰した後、昇給が止まっていた。
会社はこう説明することがあります。
「休んでいた期間は職務経験が積めないから。」
一見もっともらしく聞こえます。
でも、この理屈は裁判所には通じませんでした。
育休は「法律で保障された権利」です。
権利を行使したら不利になる、という考え方自体が問題なのです。
育児・介護休業法10条が守っていること
育児・介護休業法10条はこう定めています。
育休の申出・取得を理由とした「解雇その他不利益な取扱い」は禁止。(育児・介護休業法10条)
「不利益な取扱い」には何が含まれるか。
厚生労働省は、具体例をこう挙げています。
- 昇給させないこと
- 賞与の算定で育休取得者を不利に扱うこと
- 降格・降給・不当な人事評価
育休を取ったせいで昇給が遅れたなら、違法の可能性が高いです。
【実践メモ】
まず社内の給与規程・育休規程を確認してください。
「育休期間は昇給の必要期間に算入しない」などの記載があれば要注意です。
規程のコピーを取り、手元に保管しておきましょう。
近畿大学事件──裁判所が「違法・不法行為」と認定した
大阪地方裁判所が平成31年4月24日に出した判決があります。
この判決は、育休と昇給をめぐる問題で重要な指針を示しました。
どんな事案だったか
ある大学法人に勤める講師が育児休業を取得しました。
その翌年度、本来受けられるはずの定期昇給が行われませんでした。
当該講師は育児・介護休業法10条違反として裁判を起こしました。
会社側の主な言い分
- 昇給は職務経験の蓄積に基づくもの。休業期間を除くのは合理的
- 育休を取った人と取らなかった人を同じに扱うのは不公平
- 規程の適法性は事前に労働局に確認済みで、過失はない
しかし裁判所は、これらの主張をすべて退けました。
裁判所の判断──2つのポイント
裁判所はまず、この大学法人の賃金制度の性格を確認しました。
毎年、特段の理由がない限り給与が上がる年功型制度と認定しました。
そのうえで、こう判断しました。
①育休を少しでも取ると、翌年度の昇給がまるごとゼロになる。
これは年功型賃金制度の本質と整合しない、と裁判所は指摘しました。
②育休の日数に関わらず昇給機会を全て奪う仕組みは、不就労以上の不利益です。
育休を取りにくくさせる効果があるとして、違法と判断されました。
つまり、こういうことです。
「休んだ分を差し引く」のと「昇給をゼロにする」のは、まったく別の話なのです。
裁判所は会社に、複数年分の昇給差額と賞与差額の支払いを命じました。
【実践メモ】
「育休を取ったから昇給しない」と会社から言われたら、すぐに記録してください。
発言・書類・メールはすべて保存します。
口頭の発言はメモに残し、日時と発言者名も書き添えましょう。
「休んだのだから不利は当然」という論理は通じない
会社側がよく持ち出すのが「ノーワーク・ノーペイ」という考え方です。
働かなかった日の賃金を支払わなくてよい、という原則のことです。
育休期間中に基本給が出ないのは、この原則によるものです。
ただし、この原則が通用するのは「育休中の賃金」に限られます。
育休後の昇給・評価への影響は、別のルールで判断されます。
関連する最高裁判決もあります(東朋学園事件・最高裁平成15年12月4日判決)。
産前産後休暇を、賞与計算での「欠勤」と全く同列に扱う仕組みがありました。
最高裁は、この仕組みが法の保障した権利の趣旨を実質的に失わせるとしました。
公序に反し無効、という判断を下しています。
実際に不利益を受けたら──今すぐ取れる3つのステップ
ステップ1:給与明細を比較する
まず、育休前後の給与明細を並べてください。
育休前の昇給ペースと、育休後の変化を数字で確認します。
数字で把握することが、すべての出発点です。
可能なら、同期や同僚の昇給状況とも比べてみましょう。
給与規程のコピーも手元に確保してください。
ステップ2:会社に書面で確認する
「育休取得が昇給にどう影響したか」を会社に確認します。
書面やメールで質問するのが望ましいです。
会社の返答も、そのまま証拠になります。
ステップ3:専門家に相談する
証拠が集まったら、専門家に相談しましょう。
社会保険労務士・弁護士が相談窓口になります。
都道府県の労働局への申告も、費用ゼロで利用できます。
よくある疑問 Q&A
- Q: 育休後の昇給停止に時効はありますか?
- A: 賃金差額の請求は原則5年(当面の経過措置として3年)の時効があります。不法行為による損害賠償請求は、気づいた時から原則3年です。気づいたら早めに動くことをおすすめします。
- Q: 育休は短期間でした。それでも昇給停止は違法になりますか?
- A: 近畿大学事件の判決では、育休の取得日数ではなく「育休を取れば一切昇給しない」という制度の仕組み自体が問題とされました。取得期間が短くても、同様の考え方が当てはまる可能性があります。
- Q: パートや契約社員でも育休後の不利益取扱い禁止は適用されますか?
- A: 育児・介護休業法の保護は、一定の要件を満たすパートタイムや有期契約の労働者にも適用されます。まず自分が育休の対象かどうかを確認してください。
- Q: 会社の規程に「育休期間は昇給に算入しない」とあります。それでも無効ですか?
- A: 近畿大学事件では、会社に育休規程があっても違法と判断されました。法律に反する社内規程は無効です。「規程に書いてある」という一言は、違法の免罪符にはなりません。
チェックリスト
| 確認項目 | チェック |
|---|---|
| 育休前後の給与明細を保管・比較したか | □ |
| 給与規程・育休規程を確認・コピーしたか | □ |
| 育休前の昇給ペースを把握しているか | □ |
| 育休後に昇給が止まった・遅れた事実を確認したか | □ |
| 会社からの説明・書類・メールを保存しているか | □ |
| 時効(3〜5年)の期限を確認したか | □ |
すぐやること 3 つ
- 給与明細を育休前後で並べ、昇給額・号俸の変化を確認する
- 会社の給与規程・育休規程のコピーを取り、手元に保管する
- 変化があれば社労士・弁護士・労働局に相談する(無料相談から始めてOK)
まとめ
- 育休を理由とした昇給停止は、育児・介護休業法10条違反になる可能性が高い
- 近畿大学事件(大阪地裁・平成31年4月24日)で裁判所が違法・不法行為と認定した
- 「休んだ期間の賃金が出ない」のは合法。しかし「それ以上の不利益を与えること」は違法
- 給与明細・社内規程を証拠として確保し、専門家に相談することが第一歩
- 請求には時効があるため、気づいたら早めに行動することが重要
育休を取ったことを後悔させる職場は、あなたの体と心、そして将来のキャリアを蝕みます。正当な昇給を取り戻すことは、あなた自身と大切な家族の生活を守ることに直結しています。
※本記事は執筆時点の法令・判例に基づいて作成しています。法律は改正されることがあります。最新の情報や個別のご事情については、社会保険労務士・弁護士などの専門家にご相談ください。
