「うちはスタートアップだから残業代は出ない」と言われていませんか?
「役員にしたから、残業代は払わなくていい」と言われたことはありませんか?
結論から言います。実態として会社の指示に従って働いているなら、「役員」という肩書があっても残業代を請求できます。
現役の社会保険労務士として、スタートアップ企業で働く方からの相談を受けることがあります。この記事では、スタートアップ特有のグレーゾーンを整理します。あなたの権利を守るための方法をお伝えします。
この記事では、「役員」にされると本当に残業代がもらえなくなるのか、「管理職」扱いで残業代ゼロにされる違法パターン、そして未払い残業代を取り戻すための具体的な手順を順に説明します。
スタートアップでも労基法は必ず適用される
スタートアップ企業だからといって、特別なルールがあるわけではありません。
労働基準法は、会社の規模や設立年数に関係なく適用されます。
残業代は法律で定められた権利です。会社が「うちは少数精鋭だから」「スタートアップだから」と言っても、義務は変わりません。
ただし、労基法の労働時間規制が適用されない「例外」が2つあります。
1つ目が「役員(法律上の労働者ではない人)」、2つ目が「管理監督者(本物の管理職)」です。
スタートアップでは、この「例外」を悪用して残業代を払わないケースが問題になっています。
「役員にしたから残業代ゼロ」は通用しない
肩書で権利は消えない
「取締役にしてあげた」「CEOという肩書をあげる」という会社があります。
しかし、肩書だけで労働者としての権利が消えることはありません。
法律上の「労働者」かどうかは、実態で判断されます。
判断の軸は「使用従属性」です。つまり、会社の指示に従って働いているかどうかです。
「取締役の肩書=役員」とは限らない
実際の裁判例でこんなケースがあります。
類設計室事件(京都地判平成27年7月31日・労判1128号52頁)では、多数の従業員に「取締役」という肩書を与えていた会社が問題となりました。実態は業務執行の権限がなく、上司の指示に従って働き、出退勤も厳格に管理されていました。裁判所は「これは実態として従業員だ」と判断し、労基法上の労働者に当たると認めました。
つまり、「取締役」の肩書があっても、指揮命令を受けて働いているなら残業代の権利があります。
【実践メモ】
「役員だから残業代ゼロ」と言われたら、まず自分の実態を確認してください。上司から業務の指示を受けていないか、出勤・退勤の時間を管理されていないか、給与は月給(時間の対価)として支払われていないか。これらに当てはまるなら、実態は「労働者」である可能性が高いです。
「管理職だから残業代ゼロ」の嘘を見抜く
本当の「管理監督者」が認められる条件
「管理職だから残業代は出ない」という話を聞いたことがあるかもしれません。確かに、労基法41条2号上の「管理監督者」は労働時間規制の対象外です。しかし、誰でも「管理職」と呼べば残業代がゼロになるわけではありません。
本当の管理監督者と認められるには、経営者と一体的な立場での実質的な権限(人事・労務管理の決定権など)があること、自分で出退勤時間を決められる勤務の裁量があること、その役職にふさわしい給与・手当が支払われていること、これらをすべて満たす必要があります。裁判所は役職の名称ではなく、こうした実態を重視して判断します。
スタートアップの「管理職扱い」は要注意
スタートアップでよくあるのがこんなパターンです。
「プロジェクトリーダーにしたから残業代は出ない」
「CTOという肩書だから管理職として扱う」
でも実際に権限がなく、勤務時間も自分で決められないなら、管理監督者にはなりません。
令和6年9月30日付の厚生労働省通達(基発0930第3号)でも、この点が整理されています。管理監督者として認められるには、実質的な権限と待遇の両方が必要です。肩書だけを与えて残業代を払わないのは、違法となります。
【実践メモ】
「管理職扱い」に納得できない場合、自分の業務内容と権限の実態を書き留めておきましょう。「誰から指示を受けているか」「何を自分で決められるか」を具体的にメモしておくと、後で相談するときの根拠になります。
深夜割増は管理監督者でも必ず払われる
ここは見落としがちな重要ポイントです。
仮に本物の管理監督者だったとしても、深夜労働(午後10時〜午前5時)の割増賃金は必ず支払われます。これは労働基準法37条4項で定められており、ことぶき事件(最二小判平成21年12月18日・労判1000号5頁)でも確認された原則です。例外はありません。
スタートアップで深夜まで働いているのに、深夜割増がゼロという方は要注意です。管理監督者であっても、深夜手当だけは別扱いです。この点は法律で守られています。
未払い残業代を取り戻す具体的な手順
まず証拠を集める
残業代を請求するために、まず必要なのは「働いた実績の証拠」です。口頭では「言った・言わない」の水掛け論になります。記録に残すことが最重要です。
具体的には、入退館記録やPCのログインログ、業務メール・チャット(送受信の時刻がわかるもの)、自分で記録した始業・終業時刻のメモ、給与明細(残業代が含まれているかの確認)、そして雇用契約書(役職・給与の条件が書かれているもの)が証拠になります。手元にあるものはすべて保管しておきましょう。
時効に注意:過去3年分は請求できる
残業代請求の時効は、労基法115条により原則として5年(当面は3年)です。つまり、過去3年分の未払い残業代を請求できます。「もう遅い」とあきらめる必要はありません。
一人で抱え込まない
残業代請求は、一人でやると精神的にも大変です。以下の相談窓口を活用してください。
労働基準監督署では無料で相談でき、匿名での相談も可能です。各都道府県の労働局に設置された総合労働相談コーナーは予約不要で利用できます。社会保険労務士・弁護士には具体的な請求手続きを依頼でき、初回相談が無料の事務所もあります。
【実践メモ】
労働基準監督署に相談する際は、記録(給与明細・雇用契約書・出退勤のメモ)を持参するとスムーズです。「何を持っていけばいいかわからない」という場合は、電話で事前に確認するとよいでしょう。
よくある疑問
- 「スタートアップは特例で残業代が出なくてもいい」と言われました。本当ですか?
- いいえ、そのような特例はありません。スタートアップ企業も、一般の企業と同じく労働基準法が適用されます。「スタートアップだから」という理由だけで残業代を払わないのは違法です。
- 役員にさせられましたが、辞めないと残業代の請求はできませんか?
- 辞める必要はありません。現在働いている状態でも、実態として労働者と判断されれば残業代を請求できます。ただし、会社との関係が難しくなることもあるため、専門家への事前相談をおすすめします。
- 「管理職だから残業代ゼロ」と書かれた契約書にサインしてしまいました。取り消せますか?
- 管理監督者の実態がなければ、契約書の記載よりも働き方の実態が優先されます。法律に違反した契約条件は無効になります。あきらめずに相談してください。
- 深夜に毎日働いているのに深夜割増が出ていません。どうすればいいですか?
- まず深夜に働いた日時の記録を集めてください。メール・チャットの送信時刻も証拠になります。管理監督者であっても深夜割増は必ず支払われます。証拠を持って労働基準監督署に相談してください。
チェックリスト:あなたの権利が守られているか確認しよう
| 確認項目 | チェック |
|---|---|
| 雇用契約書に「労働者」としての記載があるか | □ |
| 給与明細に残業代(時間外手当)の記載があるか | □ |
| 「役員扱い」でも実態は上司の指示を受けていないか | □ |
| 「管理職扱い」でも人事・労務の決定権があるか | □ |
| 深夜労働(22時〜5時)の割増賃金が支払われているか | □ |
| 過去の出退勤記録を手元に保管しているか | □ |
| 給与明細を捨てずに保管しているか(3年分以上) | □ |
今日からできること
まず、自分の働き方の実態を整理しましょう。指示を受けているか、勤務時間を管理されているか、肩書に見合う権限があるかを確認することが出発点です。
次に、過去3〜6カ月分の出退勤記録を保存してください。メール・チャットの送信時刻・入退館記録など、証拠になるものをすべて手元に残しておきましょう。
そして、不当だと感じたら専門窓口に相談することが大切です。一人で悩まずに、労働基準監督署または社労士・弁護士に早めに相談してください。
まとめ
スタートアップであっても労働基準法は必ず適用されます。「役員」「管理職」の肩書だけでは残業代をゼロにできず、実態として指示に従って働いているなら残業代を請求できます。本物の管理監督者と認められるには、実質的な権限・自由な勤務・十分な待遇のすべてが必要であり、深夜割増は管理監督者であっても労基法37条4項により必ず支払われます。残業代の時効は労基法115条により原則5年・当面3年です。
正しい知識を持つことで、スタートアップ特有のグレーゾーンの中でも自分の権利を守り、適切な対応を取ることができます。証拠を集めてから、労基署や社労士・弁護士など専門家に相談してください。
※本記事は執筆時点の法令・判例に基づいて作成しています。法律は改正されることがあります。最新の情報や個別のご事情については、社会保険労務士・弁護士などの専門家にご相談ください。
