「採用後に発達障害とわかった。これで解雇されてしまうのだろうか…」
「職場に迷惑をかけてしまっているかもしれない。でも自分にできることはあるのか」
結論から言います。発達障害があっても、法律はあなたを守っています。
会社には「合理的配慮」を行う法的義務があります。つまり、あなたの特性に合わせた働き方を検討する責任は、会社側にあるということです。現役の社会保険労務士として、労働者の側から使える具体的な権利と対処法をお伝えします。
この記事では、発達障害のある労働者が持つ合理的配慮を求める権利の内容、解雇・降格から身を守るために知っておくべき裁判例、そして今日から始められる自分を守るための記録の習慣を順に説明します。
発達障害があっても、会社に「配慮を求める権利」がある
発達障害を持つ労働者の権利を守る法律があります。
「障害者雇用促進法」です。
同法36条の3は、会社に対してこう定めています。
「合理的配慮」とは、具体的にどのような内容を指すのでしょうか。たとえば、口頭ではなく書面や文字で業務指示を渡してもらうこと、騒音や刺激が少ない環境で働けるよう調整してもらうこと、得意・不得意に応じて担当範囲を見直してもらうこと、あるいはジョブコーチなど支援の専門家に職場へ入ってもらうことなどが、合理的配慮の具体例として挙げられます。
これらは「お願い」ではありません。
法律に基づく、あなたの正当な権利です。
【実践メモ】
まず「自分にどんな配慮があれば働きやすいか」を書き出してみましょう。主治医や支援機関のカウンセラーと一緒に整理すると、より具体的なリストになります。その内容を書面にして会社に提出することで、「言った・言わない」のトラブルを防ぐことができます。
会社が配慮をしないまま解雇したら?裁判例が示す労働者の権利
実際の裁判ではどんな判断がされてきたのか。
あなたの権利を守るヒントを、判例から見ていきます。
配慮なき解雇は無効になりうる:日本電気事件(東京地判平成27年7月29日)
精神疾患と発達障害のある社員が、休職後に職場への復帰を試みたケースです。
会社は、コミュニケーション面での課題が続いているとして、休職期間の終了を理由に退職扱いとしました。
裁判所はこの判断に対し、重要な見解を示しました。
復職可否の判断には、発達障害者支援法・障害者雇用促進法36条の3の趣旨を踏まえた検討が必要だというものです。
つまり、「苦手なことがある」という印象論だけで退職扱いにするのは、法的に通用しないということです。
会社は、実際に担当させられる業務があるかを具体的に検討することが求められています。
「指導せずに解雇」は会社の落ち度:O公立大学法人事件(京都地判平成28年3月29日)
発達障害のある職員が、職場での複数の問題行動を理由に解雇されたケースです。
この職員はルール遵守へのこだわりが非常に強く、そのこだわりが職場内の摩擦につながっていました。
裁判所は、その行動が発達障害の特性に由来するものと認定しました。
さらに重要な指摘をしています。
特性がある場合、明確な指摘を受けなければ自分の行動の何が問題なのかを理解しにくい可能性があるというものです。
つまり、「何度言ってもわからない」ではなく、「特性に合った方法で伝えていなかった」ことが会社の問題だとされたのです。
この裁判例が教えてくれることは何か。
会社が「改善しなかった」と主張するとき、適切な指導・支援がなかったのであれば、それは会社側の落ち度でもあるということです。
【実践メモ】
「なぜその行動がいけないのか」を明確に説明してもらえていないと感じている方は、上司に「具体的にどの点が問題なのか、書面で教えてほしい」と伝えることを検討してください。記録が残ることは、あなた自身の証拠にもなります。
解雇・降格・雇用形態変更から身を守る知識
「発達障害だから」だけでは解雇できない
発達障害があるからといって、すぐに解雇することは法律上できません。
労働契約法16条は「客観的に合理的な理由がなく、社会通念上相当でない解雇は無効」と定めています。
つまり、こういうことです。
「発達障害だから」「コミュニケーションが苦手だから」というだけでは、解雇の理由になりません。
解雇の前に、指導・注意・支援の検討というステップが必要とされています。
このステップを踏まずに解雇した会社は、裁判で敗訴するケースが多く見られます。
降格・減給には明確な根拠が必要
低いパフォーマンスを理由に降格・減給が行われることがあります。
あんしん財団事件(東京地判平成30年2月26日・東京高判平成31年3月14日)では、評価基準と減額幅が明確に定められた人事制度の下での降格が有効とされました。
この裁判例が示す裏返しは重要です。
評価基準が不明確なまま一方的に賃金を下げることは、違法になりうるということです。
雇用形態の変更は同意なしには不可
「障害者雇用枠に切り替えよう」「パートに変わってほしい」と求められることがあります。
あなたの書面による同意がなければ、雇用形態を変えることはできません。
提案を断ることを理由に、解雇や不利益な扱いをすることは認められていません。
プレッシャーをかけられても、「検討します」と伝えるだけで構いません。
【実践メモ】
「今の雇用形態のまま働き続けたい」という意思を、メールや書面で会社に伝えておきましょう。後でトラブルになったとき「同意していない」という証拠になります。口頭だけでのやりとりは避けることをおすすめします。
今日からできる「自分を守る記録術」
職場で身を守る最大の武器は、記録です。
後になって「言った・言わない」の争いになったとき、記録があるかどうかで結果は大きく変わります。
指示はかならず文字で残してもらう
口頭で指示を受けたときは、その後にメールで確認を送りましょう。
「先ほどのご指示を確認します。〇〇という内容でよろしいでしょうか」という一文で十分です。
これは確認の連絡であり、同時にあなた自身の記録になります。
面談・指導のあとは、内容をその日のうちにメモする
呼び出されて上司と話した日は、その日のうちに内容を記録しましょう。
日時・場所・誰が何を言ったか・自分がどう答えたか。
この記録は、後で「そんなことは言っていない」と言われたときの反論材料になります。
職場での困りごとを主治医に定期的に伝える
職場の状況を主治医に伝え続けることは、非常に重要です。
カルテに記録されることで「いつから・どんな問題があったか」の証拠になります。
また、会社から「配慮の要否を確認したい」と求められた際、主治医の意見書は強い味方になります。
よくある疑問
- 採用後に発達障害と診断されました。会社に伝えないといけませんか?
- 法律上、開示の義務はありません。ただし、合理的配慮を求めるには会社への申し出が前提になります。伝えるかどうかは、職場環境や関係性を考えてあなた自身が決めて構いません。まず主治医や支援機関に相談することをおすすめします。
- 「障害者雇用枠に切り替えたほうがいい」と上司から言われています。断れますか?
- 断れます。雇用形態の変更はあなたの書面による同意なしには行えません。会社の提案を断ることを理由とした解雇や不利益な扱いは、原則として認められていません。不安な場合は、社労士や労働相談窓口に相談してください。
- ジョブコーチとは何ですか?どこに相談すればいいですか?
- ジョブコーチは、障害のある方が職場にスムーズに適応できるよう支援する専門職です。全国の「地域障害者職業センター」に在籍しており、無料で利用できます。ハローワークや市区町村の就労支援窓口からも紹介を受けられます。
- 問題行動を理由に懲戒処分を受けました。その行動が特性によるものでも、処分は有効ですか?
- 必ずしも有効とはなりません。裁判所は、会社が適切な指導・支援をしていたかどうかを重視して判断します。特性を踏まえた丁寧な指導がないままの懲戒は、無効になる可能性があります。処分の経緯を記録し、早めに専門家へ相談してください。
自分を守るためのチェックリスト
| 確認項目 | チェック |
|---|---|
| 会社への開示・非開示を主治医と相談して検討したか | □ |
| 自分に必要な合理的配慮のリストを書き出したか | □ |
| 業務指示・指導の内容をメールや日報で記録しているか | □ |
| 職場の状況を主治医に定期的に伝えているか | □ |
| 就業規則・給与規程の内容を確認したことがあるか | □ |
| 地域障害者職業センター・ジョブコーチを調べたことがあるか | □ |
| 解雇・退職を迫られた場合に相談できる窓口を知っているか | □ |
今日からできること
まず、自分にとって必要な配慮を具体的に書き出してみましょう。「口頭でなく文書で指示がほしい」「一度に複数の指示を出さないでほしい」など、働きやすくなる条件を主治医と一緒に整理すると、会社への申し出もしやすくなります。
次に、今日から出来事の記録を始めましょう。日付・出来事の概要・自分の対応・相手の反応を短くメモするだけで構いません。後から大切な証拠になることがあります。
そして、無料で使える相談窓口を一つ調べておきましょう。都道府県労働局の総合労働相談コーナーや地域障害者職業センターは、費用なく利用できます。困ってから探すのではなく、今のうちに確認しておくと安心です。
まとめ
発達障害のある労働者には、障害者雇用促進法36条の3により合理的配慮を求める権利があります。適切な指導・支援を行わないまま解雇することは法的に難しく、降格・減給や雇用形態の変更も、原則としてあなたの同意なしには行えません。業務指示の記録・面談メモ・主治医への定期的な報告が、権利を守る実践的な手段になります。
正しい知識を持ち、記録を積み重ね、必要なときに支援機関を活用することで、職場での適切な対応を取ることができます。ジョブコーチや労働相談窓口など、無料で使える機関が全国にあります。一人で抱え込まず、専門家の力を借りながら、自分に合った働き方を探していきましょう。
※本記事は執筆時点の法令・判例に基づいて作成しています。法律は改正されることがあります。最新の情報や個別のご事情については、社会保険労務士・弁護士などの専門家にご相談ください。
