職場で暴力を受けた。同僚に突然怒鳴られ、手を出されてケガをした。酔った客から物を投げつけられた。そんな経験をして、「これって労災になるの?」と不安になっていませんか?
業務中に受けた暴力は、原則として労災の対象になります。ただし、例外があります。その例外を知らないままでいると、正当な補償を受けられなくなります。この記事では、業務中の暴力が労災として認定される仕組み、認定されなくなる例外とその判断基準、暴力を受けたときにすぐ取るべき行動を順に説明します。
業務中の暴力は「労災」として補償される
労災補償制度とは、仕事が原因で起きた傷病を補償する制度です。厚生労働省の通達(平成21年7月23日付・基発0723第12号)では、業務中または通勤中に他人の故意による暴行を受けた場合、私的怨恨によるもの・自招行為によるもの・その他明らかに業務に起因しないものを除き、原則として業務上の災害と推定するという考え方が示されています。
ただし、認定を覆す例外がある
この原則には例外があります。私的な怨恨・恨みによるもの(業務と無関係な個人的トラブルが原因)、自招行為によるもの(自分から暴力を招くような行動をとった場合)、けんかによるもの(双方が暴力を振るい合っていた場合)の3つに「明らかに当てはまる」場合、推定は覆されます。裏を返せば、この例外に当てはまらないことを示すことが鍵になります。
裁判例で見る「認定の分かれ目」
実際の裁判で、どのような判断が下されたのかを見ていきます。「業務中の暴力」でも、対応の仕方で結果は大きく変わります。
労災が認められた事例:正当な業務上の注意が評価されたケース
運送業に従事する労働者が、駐車場での作業中に同僚から暴行を受けた事案です(東京地判令和6年1月24日)。労働者は同僚の危険な車両操作を目にして安全上の声かけをしていたところ、そのやり取りがきっかけとなり一方的に暴行を受けました。裁判所は労働者の言動を丁寧に検討し、その行動は「業務上の正当な注意」の範囲内だったと認定しました。「自招行為」「けんか」には当たらないと判断され、労災不支給処分は取り消されました。この事案では、車両に搭載されていた記録映像が状況を客観的に証明する材料として機能しました。
【実践メモ】
トラブルが起きたとき、社内カメラや車載カメラなどの映像が残っている場合があります。映像は時間が経つと上書きされることがあるため、早めに「映像の保全」を会社に求めましょう。口頭ではなく、メールや書面で伝えると記録が残ります。
労災が認められなかった事例:「けんか状態」と判断されたケース
接客業で働く労働者が、業務中に酔客の暴力によって重傷を負った事案です(東京地判令和4年9月15日)。裁判所は複数の目撃者の証言などをもとに状況を整理しました。最初は相手側の一方的な問題行動から始まりましたが、その後に労働者が制止されているにもかかわらず自ら相手の方向へ向かっていったと認定されました。これが「けんか状態への移行」と判断され、労災は認められませんでした。最初のトラブルの原因がどちらにあったかは関係ありません。その後の「自分の行動」が評価の対象になります。
暴力を受けたときに自分を守る行動
実際に職場で暴力に巻き込まれたとき、労災認定を確実にするための行動を整理します。
冷静に距離を取り、記録を残す
怖い思いをして感情的になるのは自然なことです。ただ、自分から暴力的な行動に出ると「けんか」と判断されるリスクがあります。できる限りその場から距離を置き、退くことを躊躇わないでください。その後できるだけ早く、日時・場所・相手の言動・ケガの状態をメモしておきましょう。
証拠と目撃者の情報を押さえる
裁判や労災申請では客観的な証拠が重要な役割を果たします。現場に目撃者がいた場合は氏名や連絡先を確認しておきましょう。また職場のカメラ映像は定期的に上書きされるため、会社に対して映像の保全を求める連絡をできるだけ早く行ってください。メールや書面で依頼すると、求めた事実自体の記録になります。
【実践メモ】
ケガをしたら、軽症でも必ず病院を受診してください。診断書は労災申請の重要な書類です。「たいしたことない」と感じても、後から症状が出ることもあります。受診した記録を残しておくことが大切です。
労災申請は自分でできる。会社頼みにしなくていい
労災申請は、労働者本人が直接、労働基準監督署に提出できます。「会社が動いてくれない」と諦める必要はありません。会社の協力が得られない場合でも、申請書類に「会社の証明を得られなかった理由」を記載して提出できます。まずは最寄りの労働基準監督署に電話で相談してみてください。
よくある疑問
- 相手が客だった場合も、労災申請できますか?
- できます。カスタマーハラスメントによる暴力も、業務中に受けたものであれば原則として労災の対象です(厚労省通達・基発0723第12号)。ただし、自分から状況を悪化させた場合は「自招行為」と判断されるリスクがあります。冷静な対応を心がけてください。
- 労災申請で会社との関係が悪くなりませんか?
- 労災申請は労働者の法的な権利であり、会社が申請を理由に不利益な扱いをすることは認められません。ただし現実として職場環境が難しくなることもあります。不安な場合は申請前に労働相談窓口や社労士に相談することをお勧めします。
- 申請が却下されたら諦めるしかありませんか?
- 諦める必要はありません。不支給処分に不服がある場合、審査請求・再審査請求・行政訴訟という順番で争う手段があります。時効の問題があるため、早めに専門家に相談することをお勧めします。
- 暴力を振るった相手に、別途損害賠償を請求できますか?
- できます。労災補償と民事の損害賠償は別の制度です。故意に暴力を振るった相手や、安全管理を怠った会社に対して、民事で賠償を求めることが可能です(民法709条・715条)。弁護士への相談をお勧めします。
チェックリスト:暴力被害を受けたときの確認事項
| 確認項目 | チェック |
|---|---|
| 事件の日時・場所・状況をメモした | □ |
| 病院を受診し、診断書を取得した | □ |
| 目撃者がいれば氏名・連絡先を確認した | □ |
| カメラ映像の保全を会社に書面で求めた | □ |
| 労働基準監督署に相談・申請の手続きを確認した | □ |
| 自分から暴力的な行動をとっていないか確認した | □ |
| 必要に応じて社労士・弁護士に相談した | □ |
今日からできること
まず、記録してください。事件の状況・ケガの内容を、今すぐメモに書き留めましょう。記憶は時間とともに薄れます。
次に、病院へ行ってください。軽症でも受診が必要です。診断書は後の申請で必要になる重要な書類です。
そして、労基署に連絡してください。最寄りの労働基準監督署に電話するだけで情報が得られます。
まとめ
業務中に受けた暴力は原則として労災補償の対象になります(厚労省通達・平成21年7月23日付・基発0723第12号)。ただし「けんか」「自招行為」「私怨による暴行」に当たると認定されないリスクがあり、自分の行動の適切さが労災認定の結果を左右します。東京地判令和6年1月24日では業務上の正当な注意が評価されて労災が認定された一方、東京地判令和4年9月15日ではけんか状態への移行が問題とされ認定されませんでした。トラブル時は冷静に距離を置き第三者に対応を委ねることが重要です。
正しい知識を持ち、証拠(映像・目撃者・診断書)の確保と早めの申請行動をとることで、労災補償を受ける権利を守ることができます。申請が却下された場合でも審査請求という手段が残っています。不安な点は労働基準監督署や社労士・弁護士に相談してください。
※本記事は執筆時点の法令・判例に基づいて作成しています。法律は改正されることがあります。最新の情報や個別のご事情については、社会保険労務士・弁護士などの専門家にご相談ください。
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