王子ホールディングスやタキロンシーアイなど、退職一時金を廃止して毎月の給与に上乗せする企業が増えています。(出典:Yahoo!ニュース)
生涯年収はほぼ変わらない。でも、手元に残るお金は減るかもしれません。
現役の社会保険労務士として、この制度変更の「本当の意味」を正直に解説します。
退職金には「強力な税の優遇」がある——それが消える
退職金の話をするとき、多くの人が見落とすのが税制の差です。
退職金には「退職所得控除」という仕組みがあります。簡単に言うと、長く勤めるほど非課税になる金額が大きくなる制度です。
具体的な数字を見てください。
勤続20年以下なら、1年につき40万円が非課税になります。
勤続20年を超えた分は、1年につき70万円です。
たとえば30年勤めた場合、控除額は1,500万円になります。
退職金が1,500万円以下なら、税金はゼロです。
一方、給与として受け取ると話が変わります。毎月の給与は「給与所得」として扱われ、所得税・住民税がかかります。社会保険料の算定基準にも影響する場合があります。
同じ金額を受け取っても、「退職金」と「給与」では手元に残る額が違う。これが核心です。
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会社が「廃止」する理由——悪意とは限らないが、合意は必要
会社側にも事情があります。
退職金制度を維持するには、将来の支払い見込み額を引当金として積み立てる必要があります。これは財務上の重荷です。規模が大きくなるほど、その数字は無視できなくなります。
もうひとつ。退職金はもともと「長く勤めてもらうための引き止め策」でした。転職が当たり前になった今、入社3年で辞める人には退職金はほとんど出ない。制度としての効果が薄れているのは事実です。
「積み立ての負担を減らして、毎月の給与に転換する」——財務的には合理的な判断です。
悪意のある制度変更とは言えません。ただし、それと「労働者への説明と合意が十分かどうか」は、まったく別の問題です。
損か得か——あなたのキャリアプランで答えが変わる
正直に言います。「退職金廃止=必ず損」でも「給与上乗せ=必ず得」でもない。個人の状況によって答えが変わります。
退職金廃止が「得」になりやすいケース:
・転職を繰り返すキャリアを想定している人
・毎月の給与が増えることで、今すぐの生活が楽になる人
・iDeCoや積立NISAなど、自分で税制優遇を活用できる人
退職金廃止が「損」になりやすいケース:
・同じ会社に長く勤める予定の人
・老後の一括資金として退職金を期待していた人
・自分で資産形成が難しい環境にある人
そして、ここが重要です。退職金制度の廃止は「就業規則の不利益変更」にあたる可能性があります。
不利益変更とは、既存の労働条件を会社が一方的に下げることです。これを有効に行うには、労働者への十分な説明と合理的な理由が必要です(労働契約法第10条)。
一方的に廃止を押しつけられたと感じたら、労働組合や労働基準監督署に相談する権利があります。
よくある疑問 Q&A
- Q: 退職金の廃止を会社が決めたら、従わないといけないですか?
- A: 原則として、就業規則の不利益変更には合理的な理由と丁寧な説明が必要です。会社が一方的に廃止を強行した場合、法的に無効とされることもあります。まずは変更の内容を書面で確認し、不明点は労働組合や専門家に相談してください。
- Q: 給与への上乗せがあれば、税制的な損はiDeCoで取り戻せますか?
- A: iDeCoは掛金が全額所得控除になるため、税制上の節税効果があります。ただし、60歳まで引き出せないなどの制約もあります。退職金の税優遇をすべて代替できるとは言い切れませんが、自分で資産形成する手段として有効です。活用を検討する価値はあります。
- Q: 転職が多い人は退職金廃止のほうが有利と聞きましたが、本当ですか?
- A: 一般的に、退職金は長期勤続者ほど有利な設計になっています。転職が多い場合、各社での勤続年数が短く、退職金が少額になりやすい。給与上乗せのほうが確実に受け取れるという意味では、転職型キャリアに向いている面もあります。
すぐやること
- 会社から制度変更の説明資料をもらう。口頭だけの説明で終わらせず、書面(就業規則の改定内容・試算表など)を必ず受け取る。
- 自分の「退職金見込み額」と「給与上乗せ額」を比較計算する。会社に試算を依頼するか、FP(ファイナンシャルプランナー)や社労士に相談する。
- iDeCoや積立NISAの加入・増額を検討する。退職金という「まとめ受け取りの税優遇」がなくなる分、自分で節税しながら老後資金を積み立てる仕組みを作る。
まとめ
- 退職一時金を廃止して給与に上乗せする企業が増えているが、「生涯年収が同じ=手取りが同じ」とは言えない。退職所得控除の優遇がなくなる分、生涯の税負担が増える可能性がある。
- 会社側には財務負担の軽減という合理的な事情がある。悪意の制度変更とは限らないが、労働者への十分な説明と同意は別問題として必要。
- 損か得かは個人のキャリアプランによって異なる。制度変更を受けたら、まず書面で内容を確認し、自分に有利かを試算することが最初の一歩。
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※本記事は執筆時点の法令・判例に基づいて作成しています。法律は改正されることがあります。最新の情報や個別のご事情については、社会保険労務士・弁護士などの専門家にご相談ください。
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