「業績不振で降格・減給」は違法になる?就業規則の根拠が不十分なら無効

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降格で給与を下げられた:日本HP事件が示す減給無効の条件と対処法

「業績が悪い」という理由で、突然降格を告げられた。そして「来月から給与を下げる」と言われた。あなたは今、そんな状況に追い込まれていませんか?

結論から言います。会社が一方的に給与を下げることは、原則として違法です。

現役の社会保険労務士として、降格・減給をめぐるトラブルを多く見てきました。この記事では「どうすれば給与減額を無効にできるか」を具体的に解説します。降格に伴う給与減額が違法になる条件、就業規則に何が書いてあれば会社は減給できるか、そして給与を下げられたときにすぐやることを順に説明します。

会社は労働者の給与を自由に下げられない

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まず、大前提を確認しましょう。労働者の給与は、会社が一方的に変えられるものではありません。入社時に合意した労働条件は、労働者と会社の間の「契約」です。

この契約を変えるには、労働者本人が納得して同意するか(労働契約法8条)、または就業規則に明確な根拠があること(労働契約法9条・10条)のいずれかが必要です。この条件がなければ、降格に伴う給与の引き下げは無効です。つまり「業績が悪かったから」「降格になったから」だけでは、給与を下げる法的理由になりません。

📌 ポイント:労働契約法8条は「労働者と使用者は、その合意により、労働条件を変更することができる」と定めています。裏を返せば、合意がなければ変更できないということです。なお、賃金の不利益変更に関する労働者の合意については、裁判所は慎重な判断を求める傾向があります(山梨県民信用組合事件・最二小判平成28年2月19日等参照)。

【実践メモ】

「業績不振を理由に降格・減給します」と会社から言われたとき、その場で「わかりました」と言ってはいけません。まず「書面で通知してください」と伝え、時間を確保しましょう。口頭での返事は後から証拠が残らず、同意とみなされる危険があります。

就業規則に書いてあれば何でもOK?実はそうじゃない

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「就業規則に降格・減給の規定がある」という理由で給与を下げようとする会社があります。しかし、裁判所はこれを簡単には認めません。以下の要件を満たさなければ、規定があっても無効とされるケースがあります。

どんな場合に降給するか、条件が明確か

「成果が上がらなければ降格する場合がある」という曖昧な表現では不十分です。具体的にどのような評価・基準で降格になるのか、明確な条件が必要です。

下げ幅の計算方法と金額の範囲が示されているか

「降格後の給与は会社が適宜決める」という規定も問題です。どのくらい下がるのか、計算式や金額の上限・下限が明示されている必要があります。

労働基準監督署に届け出ているか

就業規則は、所轄の労働基準監督署への届出が義務です(労働基準法89条)。社内ネットワークに掲載されているだけの「内規」や「説明資料」は、法的な就業規則とは認められません。

⚠️ 注意:「全社員に周知していたから有効」という会社の主張は、裁判所に通らないケースがあります。周知だけでは不十分で、届出・明確な規定・委任規定が揃っていないと就業規則とは認められません。

【実践メモ】

会社の就業規則は、労働者なら誰でも閲覧できる権利があります(労働基準法106条)。「降格・降給に関する規定を確認したい」と人事部に申し出て、実際に条文を見せてもらいましょう。見せてもらえない場合、それ自体が問題です。

裁判所が「会社の負け」を認めた事例

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ここで、裁判所の判断を見てみましょう。日本HP事件(東京地判令和5年6月9日)は、降格に伴う給与減額が無効とされた重要な事例です。

この事案では、あるIT企業で管理職として勤務していた社員が、業績への評価を理由に一般職への降格と給与の大幅な引き下げを会社から告げられました。会社は社内ネットワーク上の資料に計算式を掲載し、「これが根拠だ」と主張しました。また「他の社員から異議が出たことはなかった」という事実も根拠の一つとして挙げました。

しかし、裁判所は、社内ネットワーク上の資料は就業規則の一部にも細則にも当たらないと判断しました。資料に給与計算式の記載はあるものの、降格の対象となる職務の具体的な条件・給与の幅がどこにも明記されておらず、規程にその資料への委任規定もなかったからです。さらに、他の社員から異議がなかった事実があっても、それだけでは個々の労働者が賃金変更に同意したことの証明にはならないとしました。加えて、会社が実際に行った減給額が、自社の資料に示された計算式の結果とすら一致していないことも指摘されました。

結論として、降格の合理性を判断するまでもなく、減給そのものが法的根拠を欠くとして無効とされ、減額した給与の全額(月額40万円超)の支払いが会社に命じられました。

✅ やること:会社から降格・減給を告げられたら、「根拠となる就業規則の条文番号を書面で教えてください」と伝えましょう。答えられない、またはイントラネットの資料を見せるだけなら、法的に有効な根拠がない可能性があります。

【実践メモ】

「他の社員も受け入れている」「クレームが出たことはない」と言われることがあります。しかし裁判所は、それだけではあなた個人が同意したとは認めません。給与の不利益変更に対する同意は、個別・明確でなければならないという姿勢を裁判所は一貫して示しています。

違法に下げられた給与は取り返せる

会社が違法に給与を引き下げた場合、差額を請求することができます。賃金請求権の時効は、原則5年(当面の間は3年)です(労働基準法115条)。2020年4月の法改正で、以前の2年から大幅に延長されました。つまり、過去3年分(場合によっては5年分)の差額を請求できる可能性があります。

📌 ポイント:毎月の給与明細は必ず保存しておきましょう。減額前と減額後の明細があれば差額の計算ができます。スマートフォンで撮影しておくだけでも立派な証拠になります。

【実践メモ】

「降格・減給は無効だ」と主張するには証拠が必要です。就業規則のコピー・給与明細・会社からの通知書・メールのスクリーンショットなど、今すぐ集めて保存を始めましょう。会社を辞めた後でも請求はできますが、在職中に準備する方がはるかにスムーズです。

よくある疑問 Q&A

Q: 降格そのものは違法ではないのですか?
A: 降格(役職や職位を下げること)と給与の減額は別の問題です。降格に合理的な理由が必要なのはもちろんですが、降格したからといって給与を自動的に下げることはできません。給与を変えるには、それ独自の法的根拠が必要です。
Q: 口頭で「わかりました」と言ってしまった場合はどうなりますか?
A: 状況によっては取り消せる場合があります。圧力や脅迫があった、十分な説明がなかったなどの事情があれば、同意の効力が否定されるケースもあります。まず社会保険労務士や弁護士に相談してみてください。
Q: 就業規則に降給規定があっても無効になりますか?
A: 規定があっても、内容が不明確・不合理であれば無効になり得ます。日本HP事件のように、適用条件や計算方法が曖昧なケースでは、裁判所が無効と判断した例があります。内容の具体性が重要です。
Q: 一人では会社と交渉するのが不安です。どうすればいいですか?
A: 社会保険労務士・弁護士への相談のほか、ユニオン(個人加入できる労働組合)への加入も有効な選択肢です。専門家や組合を味方につけることで、交渉力が大きく高まります。

チェックリスト:降格・減給への対抗手順

確認項目 チェック
就業規則の降格・降給に関する条文を確認した
就業規則が労働基準監督署に届け出られているか確認した
降格・減給の根拠を書面で会社に確認した
減額前・減額後の給与明細を保存した
会社からの通知・メール・書面をすべて保存した
口頭での「同意」をしていないことを確認した
社労士・弁護士・ユニオンへの相談を検討した

今すぐはじめる3つのアクション

まず就業規則を今すぐ確認してください。人事部に「就業規則を閲覧したい」と申し出て、降格・降給に関する条文を確認しましょう。どの条文が根拠なのかを書面で教えてもらうことが大切です。

次に、証拠を今すぐ集めて保存しましょう。給与明細(減額前・後)・会社からの通知書・業績評価に関する書面など、すべて手元に確保してください。スマホで写真を撮るだけでも有効です。

そして、専門家に相談してください。社会保険労務士・弁護士・ユニオンに相談することで、次の一手が明確になります。一人で悩まず、早めに動くことが大切です。

まとめ

会社が労働者の給与を不利益に変更するためには、労働者の個別の同意(労働契約法8条)か就業規則への明確な根拠(同法9条・10条)が必要です。裁判所は賃金の不利益変更に関する合意については慎重な判断を求めており(山梨県民信用組合事件・最二小判平成28年2月19日等)、「他の社員から異議が出なかった」だけでは個別の合意があったとは認められません。就業規則の有効な根拠とするためには、降格の対象条件・計算方法の明確な定め・所轄労基署への届出・委任規定の存在がすべて必要です。

日本HP事件(東京地判令和5年6月9日)では、これらの要件を満たしていないとして会社の減給が無効とされ、月額40万円超の差額支払いが命じられました。違法に引き下げられた給与は原則3年分(最大5年分)を請求できます(労働基準法115条)。あなたが守りたいのは、給料の金額だけではないはずです。家族の生活、積み上げてきたキャリア、そして毎日安心して働ける日常です。理不尽な給与カットに、泣き寝入りしなくていい。法律という盾は、あなたの側にあります。

※本記事は執筆時点の法令・判例に基づいて作成しています。法律は改正されることがあります。最新の情報や個別のご事情については、社会保険労務士・弁護士などの専門家にご相談ください。

Photo by Brett Jordan on Unsplash



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