休職中に、会社から社会保険料の請求書が突然届いた。
「払えない」「給与から勝手に引かれそう」と不安になっていませんか?
結論から言います。支払い義務はあります。でも、会社が一方的にできないことも多くあります。
現役の社会保険労務士として、休職中の労働者が知っておくべき権利と対処法を解説します。
- 休職中でも社会保険料が発生する理由
- 会社が無断で天引きできない法律上の根拠
- 退職金からの天引きに設けられた法律上の上限
- 払えないことを理由とした解雇が成立するかどうか
休職中も社会保険料は発生し続ける
なぜ無給でも請求が来るのか
社会保険料は、在職中である限り発生します。無給の休職中であっても、保険料は止まりません。通常は毎月の給与から天引きされます。しかし休職中は給与がないため天引きができません。その結果、会社があなたの分(本人負担分)を一時的に立て替えている状態になります。
傷病手当金と社会保険料の関係
病気やケガで休職中は、健康保険から「傷病手当金」が支給されます。支給額はおおよそ給与の3分の2程度です。傷病手当金を受給しているなら、その中から社会保険料を支払うことが基本的な流れです。
会社が「勝手に」できないこと
賃金からの天引きには同意が必要
労働基準法24条は「賃金は全額払え」と定めています。これを「賃金全額払いの原則」と呼びます。会社があなたの同意なく賃金から未払い分を差し引くことは、この法律に違反します。
もし合意書へのサインを求められたら、内容をよく確認してください。毎月の控除額が生活を圧迫するほど大きくないかを見てください。無理な金額であれば、減額を交渉する余地があります。
【実践メモ】
合意書にサインする前に、毎月の控除額が手取り収入の範囲内に収まるか必ず確認してください。生活が成り立たないほどの控除額は、断る余地があります。不安な場合は、社労士や労働組合に相談してからサインすることをお勧めします。
「自由な意思」のない合意は効力が弱い
賃金からの相殺合意に関しては、最高裁の判例が重要な原則を示しています。日新製鋼事件(最高裁平成2年11月26日判決)です。この判決は、相殺の合意が有効と認められるためには、労働者が置かれた立場を超えて本当に自分の意思で選んだといえる客観的な事情が必要だという考え方を示しました。つまり、会社の立場を利用して強引にサインさせた合意は、裁判で効力を否定される可能性があるということです。
退職金からの天引きには法律上の上限がある
退職金の4分の3はあなたに守られている
会社が退職金から社会保険料の未払い分を引こうとするケースがあります。ただし、法律はあなたを保護しています。
例えば退職金が360万円なら、一方的に相殺できるのは最大90万円です。残りの270万円はあなたに支払われなければなりません。ただし、あなた自身が相殺に同意した場合は話が変わります。同意がある場合、この4分の1の制限が外れることがあります。だからこそ、退職時の書類へのサインは特に慎重に行う必要があります。
【実践メモ】
退職時に「相殺の合意書」へのサインを求められても、その場でサインしないでください。内容を持ち帰り、社労士や弁護士に確認してもらいましょう。一度サインすると、後から覆すのは非常に難しくなります。
社会保険料を払えないと解雇されるのか
休職中の解雇は非常に高いハードルがある
「払わないなら解雇する」と言われても、焦らないでください。休職中の解雇は、裁判所が非常に厳しく判断します。解雇が有効と認められるには、「客観的に合理的な理由」と「社会通念上の相当性」が必要です。これは労働契約法16条が定める解雇権乱用の禁止です。
解雇の「相当性」については、非違行為が重大な程度に達しているか、解雇以外の回避手段がないか、そして労働者側にやむを得ない事情がないか、という3つの側面から判断されます。例えば、家族の生活を守るために傷病手当金を充てなければならない状況にある場合、やむを得ない事情として考慮される余地があります。社会保険料を払わないことだけを理由とした解雇は、この基準を満たすことが非常に難しいと考えられます。
就業規則の解雇規定があっても安心してはいけない
会社によっては就業規則に「社会保険料未払いで解雇できる」という規定があります。しかし、規定があるだけで即解雇が有効になるわけではありません。就業規則の記載はあくまで「理由のひとつ」に過ぎません。解雇の妥当性は、個別の事情に応じてケースバイケースで判断されます。
住民税の問題も見落とさないで
無給でも住民税の請求は来る
住民税は前年の収入をもとに計算されます。今年が無給の休職中でも、前年に収入があれば住民税の支払いは続きます。会社が住民税の「普通徴収」への切り替えを行うと、請求がご自身に直接届くようになります。支払いが困難な場合、市区町村の窓口で分割払いや猶予の相談ができます。
よくある疑問 Q&A
- Q: 休職中の社会保険料は自分で払わないといけませんか?
- A: 本人負担分はあなたに支払い義務があります。会社が立て替えているだけで、後から精算が必要です。傷病手当金を受給しているなら、その中から支払うことを検討してください。
- Q: 同意なく給与から天引きされた場合、取り戻せますか?
- A: 労働基準法24条(賃金全額払いの原則)に違反するため、不当な天引き分は返還請求できます。まず会社に書面で返還を求め、応じない場合は労働基準監督署への相談が選択肢です。
- Q: 退職金から全額天引きすると言われました。断れますか?
- A: あなたの同意がない場合、一方的に相殺できるのは退職金の4分の1までです。残りは支払われる権利があります。納得できない内容へのサインは専門家に確認してから判断しましょう。
- Q: 社会保険料を払えないことで解雇されますか?
- A: 休職中の解雇は法律上非常に困難です。客観的な理由と社会的相当性が必要で、未払いだけを理由とした解雇は認められにくいと考えられます。解雇を告げられたら専門家へ相談してください。
チェックリスト
| 確認項目 | チェック |
|---|---|
| 休職中の社会保険料(本人負担分)の月額を確認した | □ |
| 傷病手当金から社会保険料を支払う計画を立てた | □ |
| 会社から相殺合意書のサインを求められた際、内容を確認した | □ |
| 退職金からの相殺は(同意なしの場合)4分の1が上限と把握した | □ |
| 住民税の普通徴収への切り替えの有無を会社に確認した | □ |
| 解雇をほのめかされた場合の証拠確保(書面・記録)を検討した | □ |
すぐやること 3 つ
- 自分が負担すべき社会保険料の月額を、会社に書面で確認する
- 傷病手当金の受給額と社会保険料を照らし合わせ、支払い計画を立てる
- 会社から書類へのサインを求められたら、社労士・労働組合・弁護士に相談してからにする
まとめ
- 休職中でも社会保険料(本人負担分)は発生し、支払い義務がある
- 会社があなたの同意なく給与から天引きするのは違法(労基法24条)
- 相殺の合意には真の自由意思が必要。強引なサインは無効になり得る(日新製鋼事件・最高裁平成2年11月26日)
- 退職金からの一方的な相殺は4分の1が上限。サインには慎重に
- 解雇が有効になるには非違行為の重大性・解雇回避手段の不存在・労働者側の宥恕すべき事情のなさという3要件が必要
- 住民税が別途来る場合は、市区町村への分割払い相談も選択肢
休職中の不安な時期でも、あなたには法律による保護があります。体と生活を守りながら、一人で抱え込まず、おかしいと思ったら専門家に相談してください。
※本記事は執筆時点の法令・判例に基づいて作成しています。法律は改正されることがあります。最新の情報や個別のご事情については、社会保険労務士・弁護士などの専門家にご相談ください。
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