「職場で自分らしい服装をしたい」「性自認に合ったトイレを使いたい」。
そう思いながらも、会社への申し出をためらっていませんか?
結論から言います。性自認に沿った服装・設備の使用を求める権利は、判例で認められています。
現役の社会保険労務士として、具体的な判例と実践的な対処法をお伝えします。
この記事を読めば、職場での権利主張に必要な知識が整理できます。
- 女性の服装での勤務が認められた裁判例の内容
- 女性トイレ・更衣室の使用について裁判所が示した判断
- 会社に申し出を断られたときの具体的な対処ステップ
服装の変更を拒否する会社は「違法」になりうる
「社内規定で男性は男性の服装と決まっている」。
こう言われたら、あなたはどうしますか?
実は、この一言が違法になる場合があります。
「著しい支障」がなければ、会社は拒否できない
判例・法律の考え方では、性自認に合った服装での勤務は原則として認められるべきとされています。
「見た目が違う」だけでは業務は止まりません。
「他の社員が驚くかもしれない」も、禁止の理由にはなりません。
「業務や企業秩序に著しい支障がある」とまで言えなければ、会社は認める方向で検討すべきとされているのです。
裁判所が会社の解雇を無効にした:S社(性同一性障害者解雇)事件
この問題を語るうえで欠かせない裁判例があります。
S社(性同一性障害者解雇)事件(東京地決平成14年6月20日)です。
この事案では、性自認が女性の社員が女性の服装で出勤を続けたことを理由に、会社が懲戒解雇を行いました。
裁判所の結論は明確でした。懲戒解雇は無効。
「女性の服装で就労させることが業務上の重大な支障になるとは認められない」というのが司法の判断です。
つまり、服装だけを理由にした解雇・懲戒は認められないということです。
【実践メモ】
会社に申し出るとき、「業務への影響をどう考えているか」を伝えると効果的です。
「接客で問題が生じた場合はこう対応します」など、自分なりの配慮案を添えましょう。
会社が「著しい支障がある」と主張しにくくなります。
女性トイレ・更衣室の使用は「状況に応じた権利」がある
服装よりも複雑なのが、トイレや更衣室の問題です。
他の従業員との兼ね合いがあるため、簡単ではありません。
でも、最高裁がはっきりとした方向性を示しています。
性別適合手術を受けている場合
性別適合手術を受けている場合は、女性トイレ・女性更衣室の使用を認める方向で検討すべきとされています。
他の女性従業員が感じる不安が少ないと判断されやすいためです。
会社が一方的に拒否し続けることは難しい状況といえます。
手術を受けていない場合でも、一律禁止は違法になりうる
「手術を受けていないと使えない」と思っていませんか?
それは誤解です。
最高裁は、手術未了の場合でも使用制限が違法になりうると判断しています。
国・人事院(経産省職員)事件(最高裁令和5年7月11日)です。
この事案は、国家公務員として働くトランスジェンダーの職員が、職場の一部女性用トイレの使用を制限された事案です。
最高裁は、この使用制限を違法と判断しました。
つまり、ホルモン治療を継続しており、医師から性暴力リスクが低いとの診断も受けており、他の女性職員への事前説明でも明確な反対意見が出なかった状況では、使用を制限することは許されないということです。
会社から「書類を出してほしい」と言われた場合
会社から「医師の診断書を提出してほしい」と求められることがあります。
これは、判例の考え方に沿った手続きです。
ただし、目的は「あなたの申し出を認めるための確認」であるべきです。拒否するための材料集めであってはなりません。
「書類を出しても認めない」という姿勢が続く場合は、次のステップに進む必要があります。
【実践メモ】
ホルモン治療を受けているなら、主治医に「性暴力リスクに関する所見」を相談してみましょう(可能であれば)。
これは最高裁が重視した要素の一つです。
書類として手元にあると、交渉の際に話しやすくなります。
会社に申し出るときの正しいステップ
権利があっても、伝え方ひとつで結果が変わります。
正しい手順で、着実に進めましょう。
ステップ1:書面(メール)で記録を残しながら申し出る
口頭だけの申し出はリスクがあります。
「そんな話は聞いていない」と言われかねません。
申し出は必ずメールや書面で行い、記録として残してください。
伝える内容のポイント:
- 希望する配慮の具体的な内容(服装・トイレ・更衣室)
- 業務への影響についての自分の見解
- 診断・治療の状況(開示できる範囲で)
ステップ2:拒否された場合の選択肢
「認められない」と言われたら、次の手を打ちましょう。
①社内の上位部署・人事部へ再申し出
担当者レベルでなく、判断権限のある部署に相談します。
②都道府県労働局「総合労働相談コーナー」への相談
SOGIハラスメントに関する相談も、無料で受け付けています。
予約不要・匿名でも相談できます。
③社会保険労務士・弁護士への相談
個別の事情に合った具体的な対応策を一緒に考えてもらえます。
最近はLGBTQ+支援に詳しい専門家も増えています。
よくある疑問 Q&A
- Q: 診断書がなくても申し出はできますか?
- A: 申し出ること自体に診断書は必須ではありません。ただしトイレ・更衣室の使用については、医師の見解があると交渉が有利になる場合があります。まず申し出てみて、会社の反応に応じて書類を検討しましょう。
- Q: 同僚から「気持ち悪い」と言われました。これは違法ですか?
- A: 性的指向・性自認(SOGI)に関する侮辱的な言動は「SOGIハラスメント」に該当する可能性があります。会社にはハラスメント防止措置を講じる法的義務があります。発言の日時・内容・状況を記録し、人事部または外部窓口に相談しましょう。
- Q: 会社が「他の女性社員が反対している」と言います。どうすれば?
- A: 「反対があるかもしれない」という憶測だけでは、拒否の正当な理由になりません。最高裁の事案でも、丁寧な説明を行った結果として明確な反対がなければ制限は認められないとされています。会社に「どのような説明を行ったか」を確認してみましょう。
- Q: 会社に話す前に何を準備すればいいですか?
- A: ①希望する配慮の内容を文書で整理する、②主治医に診断書の相談ができる状態にする、③やり取りの記録用にメールを使う習慣をつける、この3つが準備として有効です。
チェックリスト
| 確認項目 | チェック |
|---|---|
| 申し出の内容をメール等の書面で整理した | □ |
| 申し出の日時・内容・相手の反応を記録している | □ |
| 主治医に診断書について相談できる状態にある | □ |
| 会社の拒否理由が「著しい支障の説明」になっているか確認した | □ |
| 都道府県労働局の相談窓口の電話番号を調べた | □ |
| SOGIハラスメントに詳しい専門家の情報を調べた | □ |
すぐやること 3 つ
- 申し出内容を文書にまとめる:希望する配慮と、業務への影響についての自分の見解をメールで送れる形に整理してください。
- 記録をつけ始める:会社とのやり取りや職場での出来事を、日時付きでメモしてください。後から必要になることがあります。
- 外部の相談窓口を調べておく:都道府県労働局「総合労働相談コーナー」の電話番号を控えておきましょう。いざというときにすぐ動けます。
まとめ
- 性自認に沿った服装での勤務は、業務上の著しい支障がない限り認められるべきとされている
- 服装を理由にした懲戒解雇は、裁判所で無効と判断された例がある
- 女性トイレ・更衣室の使用制限も、状況によっては違法と最高裁が判断している
- 申し出は書面で行い、会社の対応はすべて記録に残すことが重要
- 不当な拒否には、労働局相談・専門家への相談という選択肢がある
- あなたが自分らしく安心して働けることは、心の健康を守り、大切な人との生活を守ることでもある
※本記事は執筆時点の法令・判例に基づいて作成しています。法律は改正されることがあります。最新の情報や個別のご事情については、社会保険労務士・弁護士などの専門家にご相談ください。
Photo by Markus Winkler on Unsplash

