妊娠を報告したとたん、会社から異動の話が出てきた。「体のことを考えてくれているのかな」と思う気持ちも、わかります。
でも、その「配慮」は違法になる可能性があります。
現役の社会保険労務士として、妊娠後の異動命令をどう見るべきか、具体的に解説します。
この記事では、妊娠後の異動命令が違法かどうかの判断基準、「体のため」という名目でも無効になるケース、そして異動命令を受けたときの具体的な対応策を順に説明します。
知らないと損する「均等法の盾」
妊娠後の不利益な扱いは、法律で明確に禁止されています。根拠になるのは、男女雇用機会均等法(以下「均等法」)9条3項です。この条文は、妊娠・出産を理由とした解雇その他の不利益取扱いを禁じています。そして「不利益な取扱い」には、不利益な配置転換(異動)も含まれます。
「妊娠をきっかけに」動いたなら違法と推定される
会社が「妊娠のせいで異動させた」と認めなくても、問題ありません。厚生労働省の通達(令和2年2月10日雇均発0210第2号)では、妊娠をきっかけとして不利益な扱いをした場合は、原則として「妊娠を理由とした」扱いと判断するとされています。そして、妊娠報告から1年以内の不利益取扱いは、原則として「妊娠がきっかけ」と推定されます。
【実践メモ】
妊娠報告の日付は必ず記録しておきましょう。メールや書面での報告があればベストです。「いつ報告したか」は後で非常に重要な証拠になります。口頭で報告した場合も、その日にスマホのメモ帳に日時と相手の名前を書いておくだけで違います。
「体のため」は免罪符にならない──判断の考え方
「あなたの健康が心配だから」という言葉は、一見親切に聞こえます。でも、会社の主観的な「心配」だけでは、異動の正当理由にはなりません。
厚生労働省の指針(平成27年厚生労働省告示458号)では、配置転換が不利益かどうかを判断する際、そもそも異動させなければならない業務上の必要性があるか、異動の前後で賃金・労働条件に差が出るか、通勤の負担が変わるか、そして今後のキャリア形成に影響が出るかといった事情を総合的に比較考量したうえで判断するとされています。
これらを見ると、今の職場で問題なく働けているなら「必要性」自体がない、ということになります。必要性のない異動は、業務上の指揮命令権の範囲を超えた違法な命令です。
キャリアへの影響も「不利益」の一つ
たとえ給与が下がらなくても、不利益になることがあります。例えば、営業の第一線から事務職へ移ることで、昇格の機会が減ったり評価されにくくなったりすれば、それはキャリアへの不利益です。「今すぐ損をしない」ではなく、「将来にわたって不利になるか」も判断材料になります。
【実践メモ】
「体のことを考えて」という理由で異動を打診されたら、「具体的にどの業務がどのように問題だと判断したのか、書面で教えてもらえますか」と聞いてみましょう。この一言で、会社側が根拠を持って動いているかどうかがわかります。
本当に体が不安なら──自分で動ける「権利」がある
体への負担が本当に気になる場合、選択肢があります。会社が勝手に決めるのではなく、あなた自身が申請できる権利です。それが、労働基準法65条3項に定められた「軽易業務転換の申請権」です。妊娠中の労働者は、自分の希望で負担の軽い業務に変えてもらうよう申し出ることができます。
主治医の意見を「根拠」にする
会社が「体のため」と言うなら、医師に判断させるべきです。次回の検診のときに、「今の業務(外回り・出張など)を継続して問題がないか」を主治医に確認しておきましょう。「業務継続に問題なし」という医師の意見があると、会社の主張を覆す根拠になります。可能であれば、その旨を記した証明書を取り、会社に提示することを検討してください。
【実践メモ】
軽易業務への転換を希望する場合は、口頭ではなく書面で申請しましょう。会社の書式がなければ、「妊娠中のため、〇月〇日以降は軽易な業務への転換を希望します」と書いたメモを上司に渡し、受領印をもらうだけでも記録になります。
よくある疑問
- 「体を心配して」と言えば、異動命令は有効になりますか?
- なりません。今の職場で問題なく働けているにもかかわらず異動させるのは、「配慮」という名の不利益取扱いと判断される可能性が高いです。会社の善意・主観的な心配は、法的な正当理由にはなりません。
- 妊娠報告から何か月以内であれば保護されますか?
- 妊娠報告から出産後1年以内に不利益な扱いを受けた場合、原則として妊娠をきっかけとした取扱いと推定されます。この期間内であれば、会社が「別の理由だ」と主張しても法律上通りにくい状況です。
- 異動を断ったら解雇されますか?
- 妊娠を理由とした解雇も均等法で禁止されています。異動を断ったことを理由に解雇・降格・嫌がらせをされた場合は、都道府県労働局の雇用環境・均等部(室)に無料で相談できます。
- 相談できる窓口はどこですか?
- 都道府県労働局の「雇用環境・均等部(室)」が均等法に関する相談を無料で受け付けています。匿名での相談も可能で、「自分のケースが違法かどうか確認したいだけ」でも対応してもらえます。
今の状況を確認するチェックリスト
| 確認項目 | チェック |
|---|---|
| 妊娠を報告してから1年以内に異動を命じられた | □ |
| 今の職場で体調に問題なく働けている | □ |
| 異動先のポジションが賃金・キャリア面で現職より不利になる | □ |
| 異動の具体的な理由を書面で受け取っていない | □ |
| 主治医に「業務継続に問題なし」と言われている | □ |
| 妊娠報告の日時・相手・内容を記録していない | □ |
3つ以上当てはまる場合は、その異動命令が違法かもしれません。記録を始めながら、専門家や相談窓口に状況を伝えてみてください。
今日からできること
まず、やり取りを記録しましょう。上司・人事から言われたことを日付・相手の名前・内容の3点セットでメモします。口頭のやり取りはあとから否定されるリスクがあります。可能であれば録音も検討してください。
次に、主治医に確認してください。次回の検診で「現在の業務を続けることが体に問題ないか」を必ず確認します。「問題ない」という一言が、会社への反論の根拠になります。
そして、労働局に相談しましょう。都道府県労働局の雇用環境・均等部(室)は無料で相談を受け付けています。「自分のケースが違法かどうか確認したい」だけでも相談できます。電話でもOKです。
まとめ
妊娠後の不利益な異動は均等法9条3項により無効になる可能性が高く、「体のため」という名目でも今の職場で働けているなら業務上の必要性がないと判断されます。妊娠報告から1年以内の不利益取扱いは原則として妊娠を契機とした取扱いと推定されます(令和2年2月10日雇均発0210第2号)。就業規則に異動条項があっても均等法が優先されます。軽易業務への転換は「会社が決める」ものではなく「自分が申請する」権利(労基法65条3項)です。
正しい知識を持つことで、妊娠後も安心して働き続けるための対応を取ることができます。記録・主治医の意見・労働局への相談を活用して、自分の権利を守っていきましょう。
※本記事は執筆時点の法令・判例に基づいて作成しています。法律は改正されることがあります。最新の情報や個別のご事情については、社会保険労務士・弁護士などの専門家にご相談ください。
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