外回りが多い仕事をしているあなた。こんな言葉を言われたことはありませんか。
「うちはみなし労働時間制だから、残業代は出ない。」
この言葉を鵜呑みにしないでください。
「事業場外みなし労働時間制」には厳格な適用条件があります。条件を満たさなければ、会社は残業代を支払う義務があります。現役の社会保険労務士として、その実態と対処法を解説します。
- 業務日報を毎日提出しています。みなし制は使えないのですか?
- 必ずしもそうとはいえません。令和6年の最高裁判決(協同組合グローブ事件・最三小判令和6年4月16日)は「業務日報があるだけで把握が容易とは言えない」として詳細な審理を求めました。ただし日報は残業代請求の有力な証拠になります。大切に保存してください。
- 「みなし制だから残業代はゼロ」と言われています。おかしくないですか?
- おかしいと感じる直感は正しいかもしれません。みなし制は事業場外で業務に従事し、かつ労働時間の把握が難しい場合の両方を満たす必要があります。業務日報・携帯の貸与・訪問先の指定などがある場合は要件を満たさない可能性があります。社会保険労務士や弁護士への相談をお勧めします。
- 直行・直帰を会社が急に奨励し始めました。残業代対策ですか?
- その可能性は否定できません。直行・直帰の奨励・強制が残業代の削減を目的としていた場合、問題になりえます。指示の内容と時期、残業時間の変化を記録しておくことが重要です。
- 過去の未払い残業代は請求できますか?時効はありますか?
- 賃金請求権の時効は労基法115条により原則5年(当面は3年)です。3年以内の未払い分であれば、請求できる可能性があります。業務日報・メール等の証拠があれば、早めに専門家に相談してください。
- みなし制が使える条件・使えない条件
- 業務日報や携帯電話がある場合の最高裁の考え方
- 直行・直帰の移動時間が労働時間になるかどうか
外回りが多い仕事をしているあなた。こんな言葉を言われたことはありませんか。「うちはみなし労働時間制だから、残業代は出ない。」
この言葉を鵜呑みにしないでください。
「事業場外みなし労働時間制」には厳格な適用条件があります。条件を満たさなければ、会社は残業代を支払う義務があります。現役の社会保険労務士として、その実態と対処法を解説します。
この記事では、みなし制が使える条件・使えない条件、業務日報や携帯電話がある場合の最高裁の考え方、そして直行・直帰の移動時間が労働時間になるかどうかを順に説明します。
「事業場外みなし労働時間制」とは?
まず制度の基本を押さえましょう。会社の外で働く場合、労働時間を正確に把握しにくいことがあります。そのため、「所定労働時間を働いたとみなす」制度が設けられています。根拠は労働基準法第38条の2です。ただし、この制度には条件があります。「外で働いているから」だけでは、みなし制は使えません。
みなし制が使えるのは、事業場の外で業務に従事していること、かつ使用者が労働時間を算定し難いことの両方を満たす場合に限られます。
特に重要なのは「把握し難い」という要件です。「外回りだから時間がわからない」と会社が主張しても、実態がそうでなければ裁判所には認められません。
「把握し難い」と認められないのはどんな職場?
「外回りだから時間が把握できない」。そう主張する会社は少なくありません。でも裁判所は、そう簡単には認めてくれません。
業務日報に始業・終業時刻を記録している、会社が携帯電話を貸与し随時連絡が取れる、訪問先や訪問頻度がある程度決まっている、上司が業務日報の内容を確認・チェックしているといった状況がある職場では、「会社は労働時間を把握できる状態にあった」と判断される可能性が高くなります。こうした状況がある場合、みなし制の適用が難しくなります。
「日報を出しているのに残業代ゼロ」は通るのか?
ここが実務の難しいところです。業務日報があるからといって、自動的にみなし制が使えなくなるわけではありません。裁判所は、日報の内容がどれくらい正確か、会社がどこまで確認できたかも問題にします。つまり「日報はあるが、会社はその正確性を本当に確認できたのか?」という点も審理の対象になります。
最高裁が示した重要な考え方(協同組合グローブ事件)
令和6年4月、最高裁判所がこの問題について重要な判断を示しました。事件名は「協同組合グローブ事件」(最三小判令和6年4月16日)です。この事案では、外部の取引先を定期的に巡回訪問する業務を担っていた労働者が、未払い残業代を求めて提訴しました。会社側は「みなし制が適用される」と主張して争いました。
一審・二審の判断
一審・二審ともに、みなし制の適用を否定しました。理由は、業務日報に始業・終業時刻が記録されており、上司がその内容を確認できる体制があったため、労働時間を把握するのが難しい状況にはなかったというものでした。この判断は会社側に有利に働き、残業代の一部は認められたものの、みなし制の不適用は維持されました。
最高裁の判断:「それだけでは足りない」
ところが最高裁は、二審の判断を破棄して差し戻しました。最高裁の考え方はこうです。業務日報があっても、それだけで「労働時間の把握が容易だった」とは言えない。日報の内容がどこまで正確か、会社がそれを実際に確認できたか。この点の審理が不十分だったというのです。
これは労働者にとって重要な意味を持ちます。「日報はある。でもみなし制は使える。だから残業代はゼロ」という会社の主張に、裁判所が待ったをかけた形です。
【実践メモ】
「みなし制だから残業代は出ない」と言われている場合、業務日報に始業・終業時刻を記録しているか、上司が日報を確認していた記録(メール・チャット等)があるか、会社貸与の携帯電話を持っていたか、訪問先・訪問スケジュールが会社から指定されていたか、を確認してください。これらの証拠を集めておくことが、残業代請求の第一歩になります。
直行・直帰の移動時間は労働時間になる?
外回りの仕事で多い疑問がこれです。「自宅から直接お客さんのところに行く時間は、労働時間になりますか?」裁判所の一般的な考え方を整理します。
会社から訪問先への移動は「労働時間」
勤務先を出発点にして訪問先に向かう移動時間は、労働時間として認められます。業務指示に基づく行動だからです。
自宅から直行・直帰は原則「労働時間外」
自宅を出発点にする場合は、原則として労働時間に含まれません。通勤と同じ扱いになるためです。ただし、ここに注意が必要です。
協同組合グローブ事件では、勤務先の近くに住んでいた労働者が直行・直帰を選ぶようになった結果、残業時間が月に大幅に減少しました。これが後の法的紛争の発端の一つとなっています。「直行・直帰の奨励」が残業代対策に使われるケースは、決して珍しくないのです。
【実践メモ】
直行・直帰を指示されている場合は、いつから直行・直帰が始まったか(日付)、会社からどのような指示があったか(メール・口頭のメモ等)、変更前後で残業時間がどれくらい変わったか、自宅と勤務先の距離・所要時間、を記録しておきましょう。
みなし制があっても残業代を請求できるケース
みなし制が適用されている場合でも、残業代を請求できることがあります。
所定時間を超える労働が通常必要な業務の場合
みなし制が適用されていても、「その業務をこなすには所定労働時間では足りない」と認められる場合があります。この場合、「業務の遂行に通常必要とされる時間」がみなし労働時間になります(労基法38条の2第1項ただし書)。実態として長時間働かざるを得ない業務であれば、その時間が認められる可能性があります。
労使協定でみなし時間を設定している場合
労使協定で「1日○時間」とみなし労働時間を定めている場合、その時間が実質的な労働時間になります(同条2項)。たとえば協定で「1日9時間」と定めていれば、所定の8時間を超えた1時間分は割増賃金の対象です。
よくある疑問
確認チェックリスト
| 確認項目 | チェック |
|---|---|
| 「みなし制だから残業代なし」と言われている | □ |
| 業務日報(始業・終業時刻の記録)を提出している | □ |
| 会社から携帯電話を貸与されている | □ |
| 訪問先や訪問頻度がある程度決まっている | □ |
| 上司が業務日報の内容をチェックしている | □ |
| 直行・直帰を会社から指示・奨励されている | □ |
| 直行・直帰後、残業時間が大幅に減った | □ |
2つ以上チェックがついた場合は、残業代を請求できる可能性があります。専門家への相談を検討してください。
今日からできること
まず、自分で労働時間を記録しましょう。業務日報とは別に、個人でも記録をつけてください。スマートフォンのメモで十分です。日付・始業時刻・終業時刻・主な業務内容を毎日残してください。
次に、会社との連絡記録を保存してください。業務指示・報告のメール・チャットは削除しないでください。「いつでも会社と連絡が取れる状態にある」ことを証明する証拠になります。
そして、専門家に相談しましょう。みなし制の適用が適正かどうかは、個別の状況によって変わります。社会保険労務士や弁護士への無料相談を活用してください。
まとめ
みなし制は「外で働く」だけでは使えず、「労働時間の把握が難しい」という要件も満たす必要があります(労基法38条の2)。業務日報・携帯の貸与・訪問先の指定などがある場合はみなし制の適用が認められにくく、協同組合グローブ事件(最三小判令和6年4月16日)では「業務日報があるだけで把握が容易とは言えない」として審理が差し戻されました。直行・直帰の移動時間は原則として労働時間外ですが、会社が残業代削減目的で強制している場合は問題になりえます。みなし制が適用されていても、業務遂行に通常必要な時間が所定時間を超えれば残業代を請求できます。賃金請求権の時効は労基法115条により原則5年・当面3年です。
正しい知識を持つことで、みなし制の適用が適正かどうかを確認し、必要に応じて残業代を請求することができます。証拠を残し、専門家に相談することで権利を守っていきましょう。
※本記事は執筆時点の法令・判例に基づいて作成しています。法律は改正されることがあります。最新の情報や個別のご事情については、社会保険労務士・弁護士などの専門家にご相談ください。
関連記事:残業代の正しい計算方法と請求手順を社労士が解説|パワハラの証拠の集め方:職場での録音は許されるか
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「事業場外みなし労働時間制」とは?
まず制度の基本を押さえましょう。
会社の外で働く場合、労働時間を正確に把握しにくいことがあります。そのため、「所定労働時間を働いたとみなす」制度が設けられています。根拠は労働基準法第38条の2です。
ただし、この制度には条件があります。「外で働いているから」だけでは、みなし制は使えません。
① 事業場の外で業務に従事していること
② 使用者が労働時間を算定(把握)し難いこと
この2つを両方満たさなければ、みなし制は使えません。
特に重要なのは②です。「外回りだから時間がわからない」と会社が主張しても、実態がそうでなければ裁判所には認められません。
「把握し難い」と認められないのはどんな職場?
「外回りだから時間が把握できない」。そう主張する会社は少なくありません。
でも裁判所は、そう簡単には認めてくれません。以下の状況がある職場では、「会社は労働時間を把握できる状態にあった」と判断される可能性が高くなります。
- 業務日報に始業・終業時刻を記録している
- 会社が携帯電話を貸与し、随時連絡が取れる
- 訪問先や訪問頻度がある程度決まっている
- 上司が業務日報の内容を確認・チェックしている
一つでも当てはまる場合、みなし制の適用が難しくなります。
「日報を出しているのに残業代ゼロ」は通るのか?
ここが実務の難しいところです。
業務日報があるからといって、自動的にみなし制が使えなくなるわけではありません。裁判所は、日報の内容がどれくらい正確か、会社がどこまで確認できたかも問題にします。
つまり「日報はあるが、会社はその正確性を本当に確認できたのか?」という点も審理の対象になります。
最高裁が示した重要な考え方(協同組合グローブ事件)
令和6年4月、最高裁判所がこの問題について重要な判断を示しました。
事件名は「協同組合グローブ事件」(最三小判令和6年4月16日)です。
この事案では、外部の取引先を定期的に巡回訪問する業務を担っていた労働者が、未払い残業代を求めて提訴しました。会社側は「みなし制が適用される」と主張して争いました。
一審・二審の判断
一審・二審ともに、みなし制の適用を否定しました。
理由は、「業務日報に始業・終業時刻が記録されており、上司がその内容を確認できる体制があった。だから労働時間を把握するのが難しい状況にはなかった」というものでした。
この判断は会社側に有利に働き、残業代の一部は認められたものの、みなし制の不適用は維持されました。
最高裁の判断:「それだけでは足りない」
ところが最高裁は、二審の判断を破棄して差し戻しました。
最高裁の考え方はこうです。業務日報があっても、それだけで「労働時間の把握が容易だった」とは言えない。
日報の内容がどこまで正確か、会社がそれを実際に確認できたか。この点の審理が不十分だったというのです。
これは労働者にとって重要な意味を持ちます。「日報はある。でもみなし制は使える。だから残業代はゼロ」という会社の主張に、裁判所が待ったをかけた形です。
【実践メモ】
「みなし制だから残業代は出ない」と言われている場合、以下を確認してください。
- 業務日報に始業・終業時刻を記録しているか
- 上司が日報を確認していた記録(メール・チャット等)があるか
- 会社貸与の携帯電話を持っていたか
- 訪問先・訪問スケジュールが会社から指定されていたか
これらの証拠を集めておくことが、残業代請求の第一歩になります。
直行・直帰の移動時間は労働時間になる?
外回りの仕事で多い疑問がこれです。
「自宅から直接お客さんのところに行く時間は、労働時間になりますか?」
裁判所の一般的な考え方を整理します。
会社から訪問先への移動は「労働時間」
勤務先を出発点にして訪問先に向かう移動時間は、労働時間として認められます。業務指示に基づく行動だからです。
自宅から直行・直帰は原則「労働時間外」
自宅を出発点にする場合は、原則として労働時間に含まれません。通勤と同じ扱いになるためです。
ただし、ここに注意が必要です。
協同組合グローブ事件では、勤務先の近くに住んでいた労働者が直行・直帰を選ぶようになった結果、残業時間が月に大幅に減少しました。これが後の法的紛争の発端の一つとなっています。「直行・直帰の奨励」が残業代対策に使われるケースは、決して珍しくないのです。
【実践メモ】
直行・直帰を指示されている場合、以下を記録してください。
- いつから直行・直帰が始まったか(日付)
- 会社からどのような指示があったか(メール・口頭のメモ等)
- 変更前後で残業時間がどれくらい変わったか
- 自宅と勤務先の距離・所要時間
みなし制があっても残業代を請求できるケース
みなし制が適用されている場合でも、残業代を請求できることがあります。
ケース①:所定時間を超える労働が通常必要な業務
みなし制が適用されていても、「その業務をこなすには所定労働時間では足りない」と認められる場合があります。
この場合、「業務の遂行に通常必要とされる時間」がみなし労働時間になります。(労基法38条の2第1項ただし書)
実態として長時間働かざるを得ない業務であれば、その時間が認められる可能性があります。
ケース②:労使協定でみなし時間を設定している場合
労使協定で「1日○時間」とみなし労働時間を定めている場合、その時間が実質的な労働時間になります。(同条2項)
たとえば協定で「1日9時間」と定めていれば、所定の8時間を超えた1時間分は割増賃金の対象です。
よくある疑問 Q&A
- Q: 業務日報を毎日提出しています。みなし制は使えないのですか?
- A: 必ずしもそうとはいえません。令和6年の最高裁判決は「業務日報があるだけで把握が容易とは言えない」として詳細な審理を求めました。ただし日報は残業代請求の有力な証拠になります。大切に保存してください。
- Q: 「みなし制だから残業代はゼロ」と言われています。おかしくないですか?
- A: おかしいと感じる直感は正しいかもしれません。みなし制は①事業場外で業務に従事し、②労働時間の把握が難しい、の両方を満たす必要があります。業務日報・携帯の貸与・訪問先の指定などがある場合は、②の要件を満たさない可能性があります。社会保険労務士や弁護士への相談をお勧めします。
- Q: 直行・直帰を会社が急に奨励し始めました。残業代対策ですか?
- A: その可能性は否定できません。直行・直帰の奨励・強制が残業代の削減を目的としていた場合、問題になりえます。指示の内容と時期、残業時間の変化を記録しておくことが重要です。
- Q: 過去の未払い残業代は請求できますか?時効はありますか?
- A: 賃金請求権の時効は原則5年(当面は3年)です。3年以内の未払い分であれば、請求できる可能性があります。業務日報・メール等の証拠があれば、早めに専門家に相談してください。
確認チェックリスト
| 確認項目 | チェック |
|---|---|
| 「みなし制だから残業代なし」と言われている | □ |
| 業務日報(始業・終業時刻の記録)を提出している | □ |
| 会社から携帯電話を貸与されている | □ |
| 訪問先や訪問頻度がある程度決まっている | □ |
| 上司が業務日報の内容をチェックしている | □ |
| 直行・直帰を会社から指示・奨励されている | □ |
| 直行・直帰後、残業時間が大幅に減った | □ |
2つ以上チェックがついた場合は、残業代を請求できる可能性があります。専門家への相談を検討してください。
すぐやること3つ
- 自分で労働時間を記録する:業務日報とは別に、個人でも記録をつけましょう。スマートフォンのメモで十分です。日付・始業時刻・終業時刻・主な業務内容を毎日残してください。
- 会社との連絡記録を保存する:業務指示・報告のメール・チャットは削除しないでください。「いつでも会社と連絡が取れる状態にある」ことを証明する証拠になります。
- 専門家に相談する:みなし制の適用が適正かどうかは、個別の状況によって変わります。社会保険労務士や弁護士への無料相談を活用してください。一人で抱え込まないことが大切です。
まとめ
- みなし制は「外で働く」だけでは使えない。「労働時間の把握が難しい」という要件も満たす必要がある。
- 業務日報・携帯の貸与・訪問先の指定などがある場合は、みなし制の適用が認められにくい。
- 令和6年の最高裁判決(協同組合グローブ事件)は「日報があるだけで把握が容易とは言えない」として審理を差し戻した。
- 直行・直帰の移動時間は原則として労働時間外だが、会社が残業代削減目的で強制している場合は問題になりうる。
- みなし制が適用されていても、業務遂行に通常必要な時間が所定時間を超えれば残業代を請求できる。
- 賃金請求権の時効は原則5年(当面3年)。あきらめる前に必ず専門家に確認を。
「外回りだから仕方ない」とあきらめないでください。あなたが費やした時間には、正当な対価が支払われるべきです。証拠を残し、専門家に相談することで、あなたとあなたの家族の生活を守る権利があります。
※本記事は執筆時点の法令・判例に基づいて作成しています。法律は改正されることがあります。最新の情報や個別のご事情については、社会保険労務士・弁護士などの専門家にご相談ください。
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