就職したとき、パスポートを預けるよう求められた。
退職を告げたのに、返してもらえない。
そんな状況で困っていませんか?
結論から言います。雇用者がパスポートを取り上げる行為は、原則として違法です。
たとえ契約書にサインしていても、その契約が無効になるケースがほとんどです。
現役の社会保険労務士として、この問題に正面から向き合います。
この記事を読むと、以下のことがわかります。
- なぜパスポートの取り上げが違法になるのか
- 「自分から預けた契約」でも返してもらえる理由
- パスポートを取り戻すための具体的なステップ
パスポートを取り上げることが問題になる理由
パスポートは、ただの旅行書類ではありません。
それはあなたの国籍と身分を証明する、唯一の公式書類です。
雇用者がパスポートを保管してしまうと、どうなるでしょうか。
あなたは、雇用者の許可なしに自由に動けなくなります。
これは「移動の自由」を奪う行為に等しいのです。
日本の民法90条は、こう定めています。
「公の秩序または善良の風俗に反する法律行為は、無効とする」
つまり、社会の常識に反する契約はそもそも認められない、ということです。
2024年に出た注目の判例
令和6年4月、横浜地方裁判所で重要な判決が出ました。
事件名は「アドバンスコンサル行政書士事務所事件」です。
この事件では、在留資格変更の手続きを依頼した外国人労働者が、雇用契約と同時にパスポート管理契約を結ばされました。その後、退職を申し出てパスポートの返還を求めましたが、雇用者は応じませんでした。
裁判所は、このパスポート管理契約について明確に判断しました。
「移動の自由を制限するものとして、公序良俗に反し無効である」と認定したのです。
さらに、返還を拒んだことが不法行為にあたるとして、慰謝料の支払いも命じました。
【実践メモ】
この判例は、あなたの権利を守る大切な根拠になります。交渉の場で「判例があります」と伝えるだけで、雇用者側の態度が変わることがあります。事件名と裁判所名を手帳にメモしておいてください。「アドバンスコンサル行政書士事務所事件(横浜地裁令和6年4月25日)」
「自分から預けた」でも必ず返してもらえる
「自分からサインしたから仕方ない」と思っていませんか?
それは違います。
裁判所は、重要な原則を示しています。
「パスポートの所有者が返還を求めたとき、直ちに応じなければならない」というものです。
この判例では、本件管理契約が無効とされた具体的な理由として、在職中は旅券使用にYの許可が必要とされていた点、保管期限をYが一方的に決定するとしていた点、退職後もYから請求があれば7日以内に返還するとしていた点、それ以外の場合はYの許可がなければ返還しないとしていた点が挙げられています。これらはすべて外国人労働者の移動の自由を制限するものとして、公序良俗に反すると判断されました。
契約書にどう書いてあっても、法律上は認められません。
労働基準法5条「強制労働の禁止」とのつながり
労働基準法5条は、強制労働を禁じています。
「労働者の意思に反して働くことを強いることは許されない」という規定です。
パスポートを取り上げることは、この考え方と深く関係します。
パスポートがなければ、労働者は簡単にその場から離れられません。
「辞めさせないための手段」としてパスポートを保管することは、強制労働の禁止に反します。
また、労働基準法23条は、退職時に労働者の所有物を速やかに返還することを義務づけています。
パスポートも「労働者の所有物」ですから、この趣旨も適用されます。
【実践メモ】
「違約金を払わないとパスポートを返さない」と言われたら要注意です。違約金の問題とパスポートの返還は、別々に扱われます。このような対応は脅迫にあたる可能性もあります。すぐに専門機関に相談してください。
技能実習生・育成就労外国人の方は特別に守られている
技能実習生については、法律で明確に禁止されています。
外国人技能実習法48条1項が、パスポートや在留カードの保管を禁じています。
違反した場合には罰則の対象になります。
この保護は、2027年4月に導入予定の育成就労制度にも引き継がれる予定です。
技能実習生・育成就労外国人の方は、法律上も明確に守られています。
就労ビザ・留学ビザの方も守られています
技能実習生以外の在留資格の方はどうでしょうか。
法律上の明文規定はありませんが、安心してください。
今回の判例が示したように、パスポートの取り上げは民法上の不法行為になります。
裁判で争えば、慰謝料を受け取ることができます。
在留資格にかかわらず、あなたには返還を求める権利があります。
パスポートの返還を求める3つのステップ
では、実際にどう動けばよいのでしょうか。
以下の順番で進めてください。
ステップ1:書面で返還を要求する
まず、「パスポートを返してください」という意思を文書で伝えます。
口頭だけでなく、記録が残る形で伝えることが重要です。
メールやSNSのメッセージでも構いません。日時と内容が残ることが大切です。
文章の例(そのまま使えます):
「〇月〇日に退職の意思をお伝えしました。お預けしているパスポートを、速やかにご返還ください。」
これを送ることで、「返還を求めた事実」が証拠として残ります。
【実践メモ】
メールは送信日時が自動的に記録されるので特に有効です。LINEやWhatsAppのメッセージも、スクリーンショットで証拠になります。返信が来なくても、「求めた記録」はしっかり残ります。
ステップ2:専門の相談窓口に連絡する
一人で交渉するのは大変です。専門機関に相談することをお勧めします。
- 外国人労働者向け相談ホットライン:0120-936-586(無料・多言語対応)
- 各都道府県の労働局(ハラスメント・労働条件の相談)
- 法テラス:0570-078374(法律問題の総合窓口)
- 外国人労働者を支援するユニオン(各地に存在する)
ステップ3:法的手続きも選択肢の一つ
相談しても解決しない場合、法的手続きに進む方法があります。今回の判例のように、裁判で慰謝料を認めてもらうことも可能です。
費用が不安な方は、法テラスの弁護士費用立替制度を利用できます。
収入が一定以下の方であれば、弁護士費用を立て替えてもらえます。
よくある疑問 Q&A
- Q: 「自分から預けました」と言われたら、返してもらえないのですか?
- A: そうではありません。自発的に預けた場合でも、いつでも返還を求めることができます。返還に条件をつける契約は公序良俗に反し無効です。「自分からサインした」という事実は返還拒否の理由になりません。
- Q: 在職中でもパスポートの返還を求めることはできますか?
- A: できます。在職中であっても、パスポートの返還を求める権利があります。「在職中は使用に許可が必要」といった条件はすべて無効です。
- Q: 技能実習生ではなく就労ビザです。法律の保護はありますか?
- A: あります。在留資格にかかわらず、パスポートの取り上げは民法上の不法行為になります。2024年の判例がこれを明確に示しました。慰謝料請求も可能です。
- Q: パスポートを返してもらえない場合、どこに相談すればいいですか?
- A: 外国人労働者向け相談ホットライン(0120-936-586)、各都道府県の労働局、法テラス(0570-078374)などに相談できます。多言語対応の窓口もあります。
確認チェックリスト
| 確認項目 | チェック |
|---|---|
| パスポートを預けた日と状況をメモしている | □ |
| 返還を求めた記録(メール・メッセージ等)がある | □ |
| 管理契約書がある場合、条件の内容を確認している | □ |
| 自分の在留資格の種類を確認している | □ |
| 相談窓口の連絡先を手元に控えている | □ |
| 支援してくれるユニオン・支援団体を調べている | □ |
すぐやること 3 つ
- 事実を記録する:いつ、誰に、どのように預けさせられたかをメモしてください。返還を求めたのに断られた場合も記録しておきましょう。
- 書面で返還を要求する:「パスポートを返してください」とメールやメッセージで伝えてください。記録が残る形で伝えることが重要です。
- 専門機関に相談する:外国人労働者向け相談ホットライン(0120-936-586)か、お近くの労働局・法テラスに連絡してください。一人で抱え込まないでください。
まとめ
- 雇用者がパスポートを取り上げる行為は、原則として公序良俗に反し違法です
- 「自分からサインした契約」でも、返還を条件付きにする内容は無効です
- いつでもパスポートの返還を求める権利があり、拒否されたら不法行為になります
- 技能実習生・育成就労外国人は法律で明確に保護されています
- それ以外の在留資格でも、2024年の判例によって法的に守られています
- 書面での要求→相談窓口への連絡→法的手続きの順に対処してください
パスポートが返ってくれば、あなたは自由に動けます。
不安やストレスから解放され、本来の仕事と生活に集中できます。
あなた自身と大切な家族の未来を守るために、今日、最初の一歩を踏み出してください。
※本記事は執筆時点の法令・判例に基づいて作成しています。法律は改正されることがあります。最新の情報や個別のご事情については、社会保険労務士・弁護士などの専門家にご相談ください。
Photo by Lennard Kollossa on Unsplash

