労災が認められた後、「会社が裁判を起こして取り消しを求めてくるかも」と不安になっていませんか?
安心してください。会社はあなたへの労災支給決定を直接裁判で覆すことはできません。
2024年7月、最高裁判所はこの点について明確な結論を出しました。現役の社会保険労務士として、その意味とあなたの権利をわかりやすく解説します。
- 会社が労災認定を直接取り消せない理由
- 「メリット制」という仕組みと会社の思惑
- 会社が使える別の手段と、あなたが備えるべきこと
「労災を取り消してほしい」——会社がそう思う理由
労災が認定されると、会社に経済的な影響が出ることがあります。
これは「メリット制」という仕組みが関係しています。
メリット制とは、職場の事故の多さに応じて保険料が変わる仕組みです。
つまり、労災件数が増えると翌年以降の保険料が高くなるということです。
保険料が増えるのを嫌がった一部の会社が、労災認定そのものを裁判で争おうとしてきた経緯があります。
たとえば、あなたが仕事中に精神疾患を発症して労災が認定されたとします。会社は「保険料が上がる。納得できない」として、あなたへの支給を取り消す裁判を起こそうとする——そういうことが実際に起きていました。
つまり、回復に集中したいあなたを、会社の保険料都合で再び法廷に引きずり込もうとするケースです。
しかし2024年の最高裁判決により、その道は閉じられました。
【実践メモ】
「労災を取り消すために裁判を起こす」と会社に言われても、それは法的に認められていない手段です。落ち着いて、まず専門家に相談してください。
2024年最高裁判決が示したこと
事件名:札幌中央労基署長(あんしん財団)事件(最高裁判所第一小法廷・令和6年7月4日判決)
この裁判では、メリット制の対象となる会社が訴えを起こしました。
従業員への労災支給決定を取り消すよう求めたものです。
最高裁の答えは明確でした。
「会社には、労災支給処分の取消しを求める裁判を起こす権限がない」というものです。
法律の世界では、裁判を起こせる立場のことを「原告適格がある」と言います。今回の最高裁判決は「会社には、従業員への労災支給決定を取り消す裁判を起こせる立場がない(原告適格がない)」と明確に判断しました。
難しく聞こえますが、要は「会社はあなたの労災を裁判でひっくり返せない」ということです。
理由① 労災保険は労働者救済を最優先にした制度だから
労災保険はそもそも、怪我や病気をした労働者を迅速に守るための制度です。
その目的の中に、「会社の保険料額を早期に確定させる」という趣旨は含まれていません。
労働者の保護を最優先にした制度設計が、この結論につながっています。
理由② 会社には別の救済ルートが用意されているから
最高裁はこうも述べています。
「保険料の計算に異議があるなら、保険料の認定処分に対して別途争う手段がある」というものです。
つまり、会社の言い分を聞く場所は別に用意されています。
だから、あなたへの支給決定を直接取り消す必要がないというわけです。
【実践メモ】
以前は下級審(高裁など)で会社側の訴えを認めた判断もありました。しかし最高裁が「認めない」と最終決定を出したことで、今後の実務の基準が確立されました。
会社が使える手段と、あなたが知っておくべきこと
会社には手段がゼロではありません。
ただし、それはあなたへの支給とは別の話です。
会社が主張できる場面
会社は、後から届く「労働保険料の請求書」に異議を唱えることができます。
「この労災は業務との関係がない。保険料の計算に含めないでほしい」という主張です。
これは保険料の認定処分という、別の行政手続きで争うことになります。
会社が保険料の計算を争っても、すでに認められたあなたへの労災給付は取り消されません。
たとえ「業務との因果関係がない」と会社が主張し、それが保険料の計算で認められたとしても、あなたへの給付はそのまま続きます。給付はしっかり守られます。
労働者としての注意点
会社が保険料計算を争う際、「業務との因果関係がない」と主張することがあります。
この影響が及ぶのは、あくまで保険料の計算のみです。
あなたへの給付を直接止める力はありません。
【実践メモ】
万が一に備えて、医師の診断書・業務との関連を示す記録(勤務表・メール・シフトなど)は手元に保管しておきましょう。後で役に立つことがあります。
労災申請をこれから行う方へ
まだ申請の段階の方にも、この知識は役立ちます。
労災申請は労働者の権利
職場での怪我や病気は、労災として申請できます。
会社が「申請しないでほしい」と言っても、あなたには申請する権利があります。
会社が協力しない場合も、労働基準監督署に直接申請することが可能です。
申請書類の会社記入欄が空白でも、監督署は受け付けてくれます。
不支給になった場合の不服申立て手続き
もし不支給の決定が出ても、あきらめる必要はありません。
次の順番で異議を申し立てる制度があります。
- 労働者災害補償保険審査官への審査請求(不支給決定から3か月以内)
- 労働保険審査会への再審査請求(審査官の決定から2か月以内)
- 行政訴訟(取消訴訟)(再審査請求の結果に不服な場合)
よくある疑問 Q&A
- Q: 会社が「労災じゃない」と言い張っています。それでも申請できますか?
- A: できます。労災の申請に会社の同意は不要です。会社が協力しない場合は、労働基準監督署に直接相談してください。「会社が証明書を書いてくれない」という状況も監督署は対応してくれます。
- Q: 労災が認定された後、会社から「取り消しを求める」と言われました。どうすればいいですか?
- A: 会社が直接取り消せないことは最高裁で確定しています。脅しに応じる必要はありません。ただし、会社からの不当な圧力は別の問題になりえます。言われた内容を記録し、社労士や弁護士に相談することをお勧めします。
- Q: 精神的な不調(うつ病など)でも労災になりますか?
- A: なります。業務上の強いストレスが原因で精神疾患を発症した場合、「心理的負荷による精神障害の認定基準」(厚生労働省)に基づいて審査されます。過重労働やハラスメントなどが対象になります。
- Q: 労災で受け取れる給付にはどんな種類がありますか?
- A: 主に4種類あります。①療養補償給付(治療費の補償)、②休業補償給付(休業中の収入補填・給付基礎日額の約80%)、③障害補償給付(後遺症への給付)、④遺族補償給付(死亡時に遺族へ)。それぞれ申請の期限が異なります。
労災申請・認定後のチェックリスト
| 確認項目 | チェック |
|---|---|
| 発症・受傷の日時・状況を書き留めているか | □ |
| 医師に業務との関連性を説明し、意見書・診断書をもらっているか | □ |
| 勤務記録・タイムカード・残業の証拠を保存しているか | □ |
| 上司や同僚とのメール・チャット・LINEのやり取りを保存しているか | □ |
| 会社から申請を妨害された場合、内容と日時を記録しているか | □ |
| 不支給決定を受けた場合の不服申立て期限を把握しているか | □ |
| 休業中の給付(休業補償給付)の申請を済ませているか | □ |
すぐやること 3 つ
- 業務との関連性を示す証拠を今すぐ集める。診断書・勤務記録・シフト表・メールなど、業務と傷病のつながりが分かる書類を一か所にまとめてください。
- 管轄の労働基準監督署を調べる。申請は勤務先を管轄する労働基準監督署に行います。場所・受付時間・電話番号を今すぐ確認しておきましょう。
- 不安があれば社労士・弁護士に相談する。会社から圧力を受けている、申請を迷っているという場合は専門家への相談を検討してください。多くの地域で初回無料の相談窓口があります。
まとめ
- 会社はあなたへの労災支給決定を、直接裁判で取り消すことはできない
- 2024年7月の最高裁判決(札幌中央労基署長(あんしん財団)事件)でこの点が最終確定した
- 労災保険は労働者の迅速な救済を最優先にした制度であり、会社の保険料事情より優先される
- 会社が保険料の計算を別途争うルートは残っているが、あなたへの給付には直接影響しない
- 不支給の場合は審査請求→再審査請求→行政訴訟の順で争うことができる
- 申請・不服申立てには期限があるため、早めの行動が大切
労災で倒れても、会社の都合で「なかったこと」にされない。体を壊してまで働いたあなたが、安心して回復できる権利は、最高裁がはっきりと認めています。あなたの健康と生活は、法律が守っています。
※本記事は執筆時点の法令・判例に基づいて作成しています。法律は改正されることがあります。最新の情報や個別のご事情については、社会保険労務士・弁護士などの専門家にご相談ください。
Photo by Lennard Kollossa on Unsplash

