採用の健康診断で「なぜこんな検査まで?」と感じたことはありませんか?
再検査を指示された後、理由もよく分からないまま突然「不採用」と告げられた——そんな経験をお持ちの方もいるかもしれません。
はっきりお伝えします。会社が本人の同意なく感染症の検査をすることは、違法になる場合があります。
現役の社会保険労務士として、採用時の健康情報をめぐるトラブルを多く見てきました。この記事では、どんな検査が違法になるのか、そしてあなたに何ができるかを具体的に解説します。
- 採用時に会社が取れる健康情報の範囲
- 同意なしの検査がプライバシー侵害になる根拠
- 健康を理由とした不採用・解雇への具体的な対処法
採用時に会社が取れる健康情報の範囲
会社は、採用にあたって健康診断を行う権限を持っています。
これは労働安全衛生法に基づく正当な権限です。
ただし、取れる情報には明確な限界があります。業務の遂行に直接関係しない健康情報まで取ることは許されません。
B型肝炎やHIVの感染状況は、多くの職種において「業務を遂行できるかどうか」とは直接関係しません。こうした情報は「要配慮個人情報」として法律で特別に保護されています。
「採用の自由」という言葉を聞いたことがあるかもしれません。確かに会社には採用・不採用を判断する裁量があります。しかし、その裁量は「同意なしに何でも調べてよい」という意味ではありません。
同意なしの検査はプライバシー侵害になる
ここが最も重要なポイントです。
東京地裁の裁判例(B金融公庫事件・平成15年6月20日判決)では、採用選考の過程で本人への告知なしに特定の感染症検査が実施された事案が争われました。
当事者は、採用プロセスの途中で複数回の検査を受けさせられました。しかし、その検査に感染症の有無を調べる項目が含まれていることを知らされていませんでした。結果として、第三者を介して感染の事実を知らされる形になりました。
裁判所は、本人の同意なしに感染症に関する検査情報を取得する行為はプライバシー権を侵害するとして、不法行為の成立を認めました。
目的を告げず・同意も取らずに病気の検査をした——その行為そのものが違法になる、ということです。
【実践メモ】
採用時の健康診断で「何の検査をするのか」を事前に確認することは、応募者の当然の権利です。検査項目の説明を受けていない・同意書にサインしていないのに詳細な検査をされた場合は、その事実を記録しておきましょう。日付・場所・検査機関名・伝えられた内容(あるいは何も伝えられなかった事実)をメモすることが、後々の大切な証拠になります。
「病気を理由とした不採用・解雇」はどこまで違法か
ここは少し複雑です。正直にお伝えします。
裁判所は、感染症への感染を理由とした採用拒否そのものについては、直ちに不法行為の成立を認めないケースもあります。採用・不採用の判断は、原則として会社の裁量に委ねられているという考え方が背景にあります。
ただし、重要な点があります。違法に取得した情報を根拠として不採用にした場合、その判断の基礎自体が問題になりえます。
採用後の解雇はより厳しく判断される
採用拒否と採用後の解雇では、法的な扱いが異なります。
HIV感染を理由とした解雇を違法と判断した裁判例(千葉地判平成12年6月12日)があります。一度雇用関係が成立した後の解雇は、採用拒否よりも高いハードルが課されます。
「病気があること」だけを理由とした解雇は、業務ができないほどの状態でない限り、無効になる可能性が高いです。
【実践メモ】
採用後に「入社前の健康診断の結果を理由に解雇する」と言われたケースでは、その通知を書面でもらうことが重要です。口頭で告げられた場合は、日時・場所・発言内容をすぐにメモしてください。録音できる状況であれば、可能な範囲で対応することも一つの手段です。
個人情報保護法があなたの健康情報を守る
現在は個人情報保護法により、さらに強力な保護が受けられます。
健康に関する情報は「要配慮個人情報」です。この種の情報を集めるには、事前に本人の同意が必要です(個人情報保護法20条2項)。
会社が守らなければならないルール
個人情報保護法では、以下のことが定められています。
- 不正な手段による個人情報の取得は禁止(20条1項)
- 取得した情報は利用目的の範囲内でしか使えない(18条1項)
- 本人の同意なしに第三者への提供は原則禁止(27条1項)
- 情報の安全管理措置を講じる義務(23条〜25条)
たとえば、採用選考にあたって医療機関から会社への情報提供も、適切な同意なしには問題になりえます。また、個人情報保護法違反は直ちに私法上の違法とはならない場合もありますが、プライバシー侵害の不法行為として損害賠償の対象になりえます。
求職活動中に「情報の流れ」を把握する
採用後に「あなたの健康情報を別の部署に共有しました」という事実を知ったときは、誰に・いつ・どのような情報が提供されたかを確認する権利(開示請求)があります。
会社または医療機関に書面で問い合わせることが第一歩です。
【実践メモ】
ハローワーク等を通じた求職活動においても、個人情報の収集は職業安定法の指針に従う必要があります。「本人の同意のない方法や、正当な目的を超えた情報収集は認められない」という原則は求人企業にも適用されます。求人票に記載のない健康情報の提出を求められた場合は、その必要性について説明を求める権利があります。
よくある疑問 Q&A
- Q: 採用後に「入社前の健康診断で病気が判明したので解雇する」と言われました。これは有効ですか?
- A: 原則として、病気があることだけを理由とした解雇は無効になる可能性が高いです。業務に従事できないほどの状態でない限り、「病気=解雇」は認められません。また、採用前の検査で分かった事実を理由に入社後に告知なく解雇するのは、手続き上も問題があります。まず社労士か弁護士に相談してください。
- Q: 健康診断の結果を会社が社内に無断で広めていました。どうすればよいですか?
- A: プライバシー侵害であり、個人情報保護法違反にもなりえます。誰に・いつ・何が伝えられたかを記録し、会社の人事部門に書面で抗議することが第一歩です。改善されなければ、社労士・弁護士への相談や、個人情報保護委員会への申告という手段があります。
- Q: 採用健康診断で同意していない検査をされました。今からでも何か請求できますか?
- A: 請求できる可能性があります。損害賠償請求権の時効は、損害および加害者を知った時から3年(または行為から20年)です。事実関係をメモにまとめ、当時の診察券・検査結果の控えなどを手元に集めてから専門家に相談してください。
- Q: 健康診断で「数値が少し高い」という理由だけで不採用になりました。これは違法ですか?
- A: 業務に支障がない程度の数値異常を理由とした不採用が、直ちに違法とされるわけではありません。ただし、その判断のために違法に取得された情報が使われていた場合、または特定の病名・感染症への罹患を根拠にした判断である場合は、別途問題になりえます。
チェックリスト:採用健康診断で確認すること
| 確認項目 | チェック |
|---|---|
| 健康診断の検査項目を事前に確認したか | □ |
| 通常の範囲を超える検査(感染症等)への同意を個別に求められたか | □ |
| 検査結果が誰に・どこまで共有されるかを確認したか | □ |
| 同意書にサインした内容の控えを保管しているか | □ |
| 不当な検査・不採用の事実を日付とともにメモしているか | □ |
| 診察券・検査結果通知・案内の書類を保管しているか | □ |
すぐやること3つ
- 検査に関する記録を今すぐ残す——いつ・どこで・何の検査を受けたか、事前に何を説明されたか(あるいは何も説明されなかった事実)をメモしてください。記憶が新しいうちが勝負です。
- 手元にある書類をすべてまとめる——採用時に受けた健康診断の結果通知・同意書・案内文・メールなど、あらゆる書類を一か所にまとめて保管しましょう。
- 社労士または弁護士に相談する——「これっておかしくない?」と感じたら、一人で抱え込まないでください。労働局の総合労働相談コーナー(無料)や、初回無料の法律相談も活用できます。
まとめ
- 採用時の健康診断でも、本人の同意なく感染症などの詳細な検査をすることはプライバシー侵害の不法行為になりえる
- 健康に関する情報は「要配慮個人情報」として個人情報保護法で特別に保護されている
- 違法に取得した健康情報に基づいて不採用・解雇をした場合は、損害賠償請求の対象になりえる
- 一度雇用された後の「病気を理由とした解雇」は、採用拒否よりも厳しく判断される傾向がある
- 疑問を感じたらまず記録を残し、専門家に相談することが最初の一手
あなたの体のこと、あなたの病歴——それはあなただけのものです。仕事を求める権利と、プライバシーを守る権利は両立します。健康を理由に夢をあきらめなくていい。その権利を、ぜひ知っておいてください。
※本記事は執筆時点の法令・判例に基づいて作成しています。法律は改正されることがあります。最新の情報や個別のご事情については、社会保険労務士・弁護士などの専門家にご相談ください。

